空き巣童貞を卒業した佐藤嘉洋の『ただじゃ終わらねえぞ!』

posted : 2017/08/14

 

食い倒れるくらいにタコを食べまくった。
タコの刺身に始まり、タコの唐揚げ、タコの煮付け、そして締めはタコを丸ごと茹で上げてハサミで豪快にちょん切って食べる料理。
タコ好きの家族なのに、全部食べきれなかった。
胃もたれならぬタコもたれした翌日の朝食は、品数も多くなくあっさりとした味付けでちょうどよかった。

久しぶりの家族旅行は、愛知県内であるものの、フェリーに乗って向かう小さな島だった。
冒頭から予想される通り、タコが名物の島だ。妙にはしゃいでいた私は、眠りも浅く、徐々に強まっていく風が電線を揺らす音を聴きながら、夜明けを迎えて若干の寝不足だった。
しかしその気だるさがまた心地よかった。宿泊したところは民宿にしては部屋が綺麗で大きかった。窓の外を見ると風はさらに強くなっていて、横殴りの雨が右も左もなく乱れ飛んでいた。

もう一度海に入りたいと駄駄をこねる娘をなだめていると、普段は滅多にかかってくることのない義母からの着信があった。変な胸騒ぎがした。

「ちょっと大変よ!」

その言葉通り、明らかに大変そうな口ぶりだ。
私は体調を崩している義父に何かあったのかと身構えた。

「空き巣が入ったかもしれないって警察から連絡があったの。娘には連絡つかないし……今どこにいるの?」

私が家族で旅行に来ている旨を伝えると、義母は少し落ち着いた様子を取り戻した。
幸い、妻と子供たちは私と共にいる。
空き巣に入られたか、そうか。とうとう入られたか。
いつか来るのではないかと何となく虫の知らせのような予感があったので、そこまでパニックにはならなかった。

『最善をイメージし、最悪をシミュレーションせよ』

とは西田文郎氏の名言である。
しかし、胸の鼓動がかなり早くなっているのがわかる。
思考では努めて落ち着いたフリを見せていても、身体は大変なことが起こったと、緊急サイレンを鳴らしているようだった。

一度言い出したら聞かない娘も、ただならぬ様子を敏感に察知したのか、私の有無を言わさぬ「すぐに帰るぞ」の一言に黙って従った。一方、息子はただならぬ様子にすっかり興奮してしまっていた。

「お父さん、ねえ何があったの? 泥棒が入ったの? ああ、そうちゃんのSwitchも取られたのかなあ。iPadは?」
「盗られたかもしれないねえ。でもわからない。あるかもしれない」

「ここで事故ったらただのアホだから安全運転でいこう」と自分に言い聞かせ、はやる気持ちを抑えた。
義母からの緊急連絡のあと、警察へすぐに電話した。
聞けば家族全員分と会社の銀行通帳とカード、壊された手提げ金庫などが庄内川の河川敷に捨てられていたという。
それを散歩中の通行人が見つけて通報してくれたらしい。
(時計とかバッグとか全部やられてるんだろうなあ、こりゃえらいことだな)。

「高い確率で窓やドアなどは開きっぱなしでしょうから、なるべく早く家に帰って様子を確認してください」

とのことだった。

しかし、あえて近くのコンビニに車を停めて、助手席にいた妻にコーヒーを買ってくるよう頼んだ。
ここで事故ったら、ただのアホだ。
自分は一家の主。気を動転させたら、家族全員が不安に陥る。
家庭でも会社でもリーダーは慌てふためいた姿を見せてはならないのだ。
まあ、喫茶店の息子らしくコーヒーでも飲みながら落ち着いて帰ろう。5分早く帰ったところで、盗まれたものが返ってくるはずもない。

後部座席ではトランス状態の息子がずっと喋り続けている。
面倒なので半分はシカトしておけばいい。
その一語一語をいちいち脳に取り込むと、今の自分の精神状態では受け止めきれない。
まともに付き合っていると気がおかしくなってしまう。
子供の言うことをシカトするなんて酷い親かもしれない。しかし、頭に浮かんだことを思慮もなく喋っているだけなら、まともに聞く必要なし。
本当に悩んでいたり、考えていたりする様子だと判断したときは耳を傾けてやればいい。
今の息子は間違いなくそういう状態じゃない。
妙なテンション、スーパートランス状態、である。言うなれば、あの風の谷の住人、アナコンダ皮痴くんが有名AV嬢との予約を取り付け、試合前日の私に迷惑も考えず電話をかけてきたときの状況と酷似している。
こういうときは生返事に限るぜ!!

高速道路をひた走って、家から最寄りのインターで降りた。
我が家が近くなるにつれ、心臓はさらに高鳴る。
金品がなくなっているのは覚悟しつつ、窓ガラスや玄関などは無残に破壊されているのだろうか。
昨年リフォームしたばかりの我が家のリビングは無事だろうか。
ベッドやソファは切り裂かれてはいないだろうか。
今夜から真っ当に眠れるのか、目の前にある日常生活が果たして可能なのか心配していた。

駐車場に車を停めて玄関に向かうと、ドアが半開きになっていた。
「中央は歩かないように」と事前に警察から指示されていた。
だから隅っこを歩いてみたものの、止める間も無く娘は居間に向かう階段の真ん中を堂々と、ズカズカと登っていった。

腕時計はあらいざらい持ち去られていた。
2001年WKA世界ムエタイウェルター級王者になったお祝いにいただいたオメガのシーマスター。
2006年の婚約時に妻からもらったオメガのスピードマスター。
2010年K-1MAX世界トーナメント準優勝記念で入手したロレックスのデイトナ。
2015年急逝した大恩人の奥さまから「これは佐藤さんがつけてください」と形見としてもらった、クエルボ・イ・ソブリノス。
結婚10周年で妻に昨年プレゼントした金のカルティエ。

持っていた現金すべてが入っていた手提げ金庫も当然見当たらない。
寝室はどうかと階段を上がると、先に入っていた妻が「何もないわ」と呆然としていた。
高級ブランドの箱や袋が乱雑に床に落ちていた。
貴金属類をしまっていた棚はケースごとすべて無くなっていた。
私のカバンは、2008年にブアカーオをKOしたときの記念でプレゼントされたクロムハーツのボストンバッグだけがなくなっていた。

「ちゃんと選んでるんだねえ」
「どれに価値があるのかわかってるんだなあ」

と2人で感心してしまった。
息子は買ったばかりのニンテンドーSwitchが盗られていないことに心底安堵した様子だった。
物の価値は人それぞれだ。

「何もないね」
「ないねえ」

どこか他人事のように、私たちは立ち尽くしていた。
そしてチャイムが鳴った。
警察だった。

ただじゃ終わらねえぞTシャツ

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