空き巣童貞を卒業した佐藤嘉洋の『ただじゃ終わらねえぞ!』2

posted : 2017/09/24

空き巣被害に遭ったときの状況を、作家らしく文章で思い起こしてみました。
もしも空き巣被害に遭ってしまったとき、必要以上に取り乱さないように疑似体験として参考にしてください。

もし空き巣に入られたら、どのような手続きをし、どのような捜査が行われるのか。中には稀有な体験をした人もいるだろうが多くは知らないと思われるので、せっかくだから読者諸君にも疑似体験してもらうべく詳細を記そう。

ドアを開けると、制服をきた警察官とカーキ色の作業着のような服装をした人で計7、8人ほどがやって来た。作業着の人たちは鑑識と呼ばれる、いわゆる現場検証をする人たちだった。

「まずは玄関から見させてもらいます。あまり触ってないですよね?」

電話で事前にもらっていた指示通り、その場にあるものになるべく触れないようにはしていたが、子供たちがどうしても触ってしまった旨を伝えると、それは仕方ないので大丈夫です、と柔らかな物腰の対応だった。とはいえ、犯罪が行われた場所に警察官が入ってきて色々と調べ上げる以上、物々しい雰囲気になるのは致し方なかった。子供たちの心に何かしら悪影響が出ないか心配だったので、私は努めて明るく振る舞った。それに、警察は被害者にとっては味方のはずだ。

どの窓も破られていないことを不思議がっていたが、鑑識の一人が足跡を発見し、風呂場の窓からの侵入だということがわかった。そして、逃走経路の確保のために、玄関と居間の扉を開けたのだろうと推測された。当然犯人たちは手袋をしていたが、輪郭だけの指紋も見つかった。

「犯人は外国人なのでしょうか?」
「いえ、このやり口だとおそらく日本人です。そして足跡はかなり小さいです」
「女性という可能性も?」
「可能性はゼロではないですが、あまりいません」

見るからに若そうだが、利発そうな鑑識が私の質問に答えてくれた。現場を指揮していた中年の警察官は、旅行に出かけることを近しい誰かに言ってはいなかったか、と身内の犯行に関して何度も尋ねてきた。私はその度に、覚えていない、と答えた。また、家の設計図を見たいということだったので、持って来ると警察官が唸った。

「これは大変だ……」

空き巣以外にも何かマズイことでもあったのだろうか。

「この家は広すぎる」

これは長くかかるぞ、と、しきりに繰り返す。築40年の一軒家をリフォームし、全額ローンで購入した我が家は、世間一般的にみれば豪邸に分類されるだろう。確かに広い家ではあるが、そんな困った顔しなくてもいいのに……。月に一度のご褒美で、風俗の予約でも入れていたのだろうか。ならば心から同情する。残業させてしまうことになって申し訳ない。

全額ローンで買った家は、それなりにでかい。銀行に家賃を払って住まわせてもらっている状態(写真は2013年当時)

盗まれた金品を申告する取り調べも大変な作業だった。どの部屋の何を盗まれたかを正確に伝えなければならないのである。しかも、その金額を大小問わず事細かに言わなければならない。

「そのアクセサリーは何かの袋に入っていたのでしょうか?」
「デパートの買い物袋です」
「その袋はいくらですか?」
「えっ?」
「決まりで値段をつけないといけないんです」

デパートの買い物袋は5円くらいかなあ、と夫婦で顔を見合わせて思わず苦笑した。他にもプラスチックケースや雑誌の付録でついてきた袋にも二束三文の値段をつけた。私の盗まれた物はとてもわかりやすく、高価だった時計とバッグだけだった。圧巻だったのは、妻の申告である。盗まれた数は妻の方が圧倒的に多かったにも関わらず、なくなった物をこれはいくら、あれはいくらとかなり細かく即座に伝えていた。妻は適当に買っていたのではなく、思い入れをしっかり持って、一つひとつを購入していたんだな。さぞかし辛いだろうな。犯人に対して怒りがふつふつと湧いてきそうになるが、努めて抑える。ふと、妻がこちらを見た。

「内緒にしてたんだけどさ。2週間くらい前にエルメスのガーデンパーティー買ったばっかりだったの」
「へえ、それは残念だったね」

唐突の申告だったし、よく知らない物だったので適当に返事をした。この原稿を書いているときに改めてググってみると、私よっちゃんその値段にたじろいだ新聞。このバッグにこの値段……月に一度のご褒美どころか一ヵ月毎日風俗に通えるではないか。物の価値は人それぞれだ。

妻はよく内緒で物を買う。今回の空き巣で盗まれたうちの一つで、新婚旅行先での単独行動の際に買ったらしいネックレスは貝殻の内側の綺麗な部分を切り取ったようなデザイン(つまり、私にはよく理解できない類のもの)で、10万円以上したようだが、私はその存在に1年もの間気づかずにいた。妻が私の目の前でそれをよく身に着けていたにも関わらず、である。

「秘密を守り、無頓着であれ」

これが10年に及ぶ夫婦円満の秘訣である。ぜひ試してくれたまえ。と、偉そうに進言してみたが、来年離婚してたらごめんね。

昼ごはんを逃してしまったことを、ぐずつき始めた娘を見て気づいた。近くのコンビニでおにぎりやジュースを買ってくるよう妻に頼み、私は警察官と現場検証を続けた。部屋に飾ってあるチャンピオンベルトにも当然気づいていて、自然とその話題になった。

「チャンピオンベルトは盗まれなくてよかったですね」
「これは僕の誇りですからね。でも、盗んだところで足はつきやすいし、溶かしたところで価値のある金属ではないし……しかしよくもまあ、この家に入ったもんですよ。その勇気だけは讃えたいと思います」

警察官は苦笑いだ。

「もし居合わせたら、殴り殺してしまっているかもしれない。その場合は正当防衛になりますか?」
「いや、殺すのはマズイです」

警察官、ふたたび苦笑いだ。

「でもね、もしうちの家族に危害を加えようものなら、地の果てまでも追いかけて殺しに行きます。そんなことしたって誰も救われないのは分かっています。でも、絶望すると理屈では解決できない状態になるんですよ。だから、そのときは遠慮なく捕まえてくださいね。むしろ、殺人予告罪のような形で、犯行に及ぶ前に捕まえておくのがいいかもしれない。絶望した人間は、一生牢屋に入れた方がいい」

警察官は言葉もなくなり、苦笑いを続けた。

生きていこうとする気持ちさえあれば、失望の丘に希望の花は咲く。しかし、絶望という完全に沈んでしまった人間にとっては、人を殺めることも簡単だろう。そして、自分の命も簡単に放棄してしまうだろう。もし妻や子供たちを殺されてしまったらと想像すると、もうどうにもならない。思わず全身に緊張が走る。私は世の中のためにも、絶望しないほうがいい。
妻たちがコンビニから帰ってきた。子供たちが無邪気に笑いながら階段を上ってくる声が聞こえる。とりあえずは、この声を聞けるだけでいい。物はすべてなくなったが、みんな生きている。それで十分だ。

「鑑識作業が終わりました」

ここから私は、家の主として、なかなか経験できないことを味わうことになる。

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