posted : 2022/03/31

【具鷲小説とは】
作者の構想力と読者の想像力によって、顔、声、性格などを意のおもむくままに描写し、読者それぞれ独自の想像世界を構築させることを目的とする散文学。読者は、文字だけで世界を構築できることに希望を抱き、自分の想像力があれば宇宙の果てまで行けることに驚嘆する、かもしれない。
〔具鷲辞典零版〕

〜 デス代 〜


ある都会に、デス代という不細工な女がいた。人生は才能で決まると思い込んでいて、美しい女を見ては羨み、自分の手入れは怠るばかり。ついには前歯も一本抜け落ちてしまった。

「はあ、うらめしい。全部環境が悪いのよ。あたしはこんなに頑張っているのに」

デス代はこたつに入って悪態をついた。そして、コンソメ味のポテトチップスを素手で掴んでは口に入れ、指についた油をこたつの布団でぬぐった。

「親が悪いのよ。こんな顔に産んだのは、親のせい」

デス代はコーラを飲み、仕上げに指を口の炭酸でぬぐった。そして悪態は、学生時代にまでさかのぼった。

「勉強しても成績が悪かったのは、先生のせいよ。あたしはあんなに頑張ったのに」

……不細工もいれば美人もいる。たとえばセイコ。振り返れば国が傾くと評判の美女だった。しかし病弱だったせいで、普段からマスクをつけて生活していた。そこから覗く愛嬌ある目元は、多くの男たちを魅了した。

あるとき持病による発作で、セイコが胸を抑えてうずくまったことがある。セイコの元には何人もの男が駆け寄り、「大丈夫ですか?」と口々に声をかけた。ひどい風邪がしばらく流行り、人々の距離感が遠かった時期にも関わらず、である。しかし、

「あんたたち、汚いからセイコに近寄らないで」

と、男たちを遠ざけたのはデス代であった。セイコとは、幼馴染でたまに会う仲だった。

「男って不潔だから嫌なのよ」
「いつもありがとう、デス代ちゃん。コホン」
「ああ、セイコ! 大丈夫?」

デス代は、フレームだけのオシャレマスクから、青白く弱々しいセイコに飛沫を浴びせた。

……デス代は出会いを求めていたが、うまくいっていなかった。また悪態をついて道を歩いていると、30cm程度の小人が目の前にいた。

「やあ、私は時の旅人。これをおかけなさい。日が暮れるとレンズは消滅しますから、今のうちに」

時の旅人から手渡されたのは、セルフレームの洒脱な赤縁の眼鏡だった。デス代はそれをかけ驚いた。

「あたしから赤外線っぽいのが何本も出てる!」
「あなたが本気になれば、今、それだけのご縁があるということです」

デス代は、自分から出ている赤外線っぽいのが、思いの外多かったことに安堵した。

……早速デス代は、セイコの発作の真似をして、胸を抑えて咳込んだ。こんなに多くの縁と繋がっているのだ、軟弱な女を演出すれば、馬鹿な男どもが間抜けな顔をして、ノコノコとやってくるに違いない、と思い込んでいた。しかし、デス代は前歯が抜けていたせいで、世にも奇妙なブシャリブシャリという咳の音になってしまった。また、マスクはフレームだけだったので、周りの人は遠ざかっていった。

デス代はふと気づいた。先ほどよりも赤い線が少なくなっていることに。これはどういうことかと戸惑っていると、時の旅人が現れてこう言った。

「道理に合わない行動をすれば、縁は切れます」
「どうせあたしには無理だったのね」

「前向きな行動を一つでも起こしてから、諦めてはいかがでしょうか」
「今さら何をしていいのかわからないわ」

「目の前の問題からコツコツ片付けましょう。まずは歯を直して、髪の色を暗くして。あと、みかん食べ過ぎじゃない? 肌が黄色になっていますよ」
「私は中身で勝負よ。外面なんて気にしないわ」

「中身の一番外にあるのが外面です。外面を気にしないのは、中身もまた気にしていないということ。つまり、他人の気持ちを理解しようとしないまま、自らの意思で、縁を一つずつ切っていることになります」

……後日、デス代に歯が戻った。

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【 時の旅人 】
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