今日の言葉
畏まりました
かしこまりました
この言葉を読む【考察】「かしこ〜まりました〜⤴︎」っていうおちょくった感じもオモロイ。
あいうえお順、辞書名、検索、今日の言葉。辞書への敬意を持ちながら、佐藤嘉洋の解釈を主役として読むページです。
今日の言葉
かしこまりました
この言葉を読む【考察】「かしこ〜まりました〜⤴︎」っていうおちょくった感じもオモロイ。
辞書の旅
辞書の語釈を入口に、佐藤嘉洋の解釈・記憶・文脈へ進むための検索室です。
なにとぞ君が出す考察・持論を読んで、どの見出し語のことかを4択で選びます。10問連続正解で合格です。
辞書の旅検定
制限時間は各問20秒。10問連続正解で合格です。
佐藤の解釈・持論
結果
30件
理屈と融和を調和させたい。
理屈にこだわらずに妥協したり、別の解決をはかるほうがうまくいくということ。理屈からいえば自分の方が正しいが、それを主張していても腹が立つだけということから。
なるほどね〜おもしろ!
恋しい気持ちが相手に通じないこと。散る花には流れとともに流れる気持ちがあるのに、川は知らぬ顔で流れていくという意から。
出典
白居易-詩
はくきょい、し
らっか じょう、りゅうすい い
名言。
勇気ある者は、どんなことをも恐れず、正面から立ち向かっていくということ。
出典
論語
補説
出典には、この前に「知者は惑わず、仁者は憂えず(知者は道理に明るいから迷うことなく、...
ゆうしゃ、おそ
松尾芭蕉の名句を小筆で。人生訓の一つにしたい。
無用のことを言うと災いを招くということ。人の短所をけなしたり、自分の長所を自慢したあとは、不快な気分になるということから。
「物言えば唇寒し」だけでも用いる。
ものい、くちびるさむ
面白い(笑)
あれこれと条件をつけてより好みしても、結局は落ち着くところに落ち着くということ。
類義
鼠の婿入り
補説
鼠の夫婦が娘に天下一の婿をとろうとして、太陽に申し出た。すると太陽は雲...
興味深いことわざ。
同類のものは引きつけ合い、集まるということ。
薪を高低なく並べて火をつけると、火は必ず乾燥しているほうに燃えつくという意から。
燥=乾燥の意。
出典
荀子
じゅんし
たきぎ、ひと、ひ、ほどこ、ひ、そう、つ
いずれ整う。
大人物は、多くの人の意見に耳を傾けることによって、ますます見識を高めていくというたとえ。
泰山が大きな山となったのは、どんな小さな石や土くれでも退けずに受け入れたからであるとい...
たいざん、どじょう、ゆず
反省したつもりの人、反省して強くなる人。
いかなる困難があろうとも、信念を貫き通そうとする心意気を示すことば。
自ら省みて正しいと思ったら、たとえ反対する者が千万人いたとしても、恐れずに進んで行くということ。
せんまんにん、いえど、われ ゆ
一度目はKO負け。
鼻を陥没骨折して入院。
二度目は延長戦で惜敗。
股関節を半年間痛める。
そして三度目。
Yoshihiro Sato vs Buakaw 3rd
物事は、一度目や二度目はうまくいかなくても、三度目にはうまくいくということ。
物事の道理が一貫していないこと。つじつまが合わないこと。自家撞着。
《語源》昔、楚の国の商人が、どんな盾でも突きとおすという矛(ほこ)と、どんな矛でも防ぐという盾を同時に売ろう...
【小説】
アタイが踊り子だったとき、当然ロングコートで踊っていたわけじゃないわ。
深いスリットから太ももを覗かせたあと、履いていたスカートを脱ぐといつも歓声が沸いたわ。
❷〔俗〕芸能人などが仕事で裸になる。▼自動詞的に使う。
❶多くの平凡なもののなかに一つだけすぐれたものが存在すること。また、そのもの。
❷多くの男性の中に一人だけ女性がいること。また、その女性。
▼王安石の詩句「万緑叢中(ばんりょく...
君子の交際は水のように淡白だが、その友情はいつまでも変わることなく続くということ。
▼『荘子』より。
【考察】
キックボクシングというのは格闘技で、野蛮と思う人もまだいる。
お客さんにはいかに気軽な気持ちで来ていただくか、ということを常日頃考えている。
行動に際して、気持ちに負担がかからないさま。
▼対象と関わる際に、特別な準備や形式、礼儀などが不要なようすをいう。
【考察3】
キックボクシングという概念の外延には、K-1・ムエタイ・シュートボクシング・ミャンマーラウェイなどが含まれる。
哲学・論理学で、ある概念が適用される全範囲。たとえば「魚」という概念の外延には、イワシ・サバ・マグロ・アユ・コイ・ウナギなどが含まれる。↔︎内包
【考察2】
キックボクシングという概念の内包は、「立ったまま戦う」「パンチとキックを使う」
❷論理学で、ある概念が適用されるすべての事物(外延)がもつ共通の属性。例えば「魚類」の内包は「水中に生息する」「えらで呼吸する」など。↔︎外延
【考察】
明日何かのキッカケで死ぬかもしれない。
今日会った人とはもう二度と会えないかもしれない。
という気持ちで生きていると、生き急ぐというよりは、奇跡的で大切な一日だと感じられる。
人生を短いものだとして、せわしなく生きる。
用いられるが、「分かった分かった」と反復して言うと、相手の話をくどいと感じて「十分に了解した、もうそれ以上言う必要はない」の気持を表わすことがある。
【昔話】
」と安藤さんが説教し始めたとき、南さんはキレた。