今日の言葉
適当
この言葉を読む【好意】 適当と聞くと、あまりよくないイメージがあるが、私はとても好きな言葉である。
あいうえお順、辞書名、検索、今日の言葉。辞書への敬意を持ちながら、佐藤嘉洋の解釈を主役として読むページです。
今日の言葉
この言葉を読む【好意】 適当と聞くと、あまりよくないイメージがあるが、私はとても好きな言葉である。
辞書の旅
辞書の語釈を入口に、佐藤嘉洋の解釈・記憶・文脈へ進むための検索室です。
なにとぞ君が出す考察・持論を読んで、どの見出し語のことかを4択で選びます。10問連続正解で合格です。
辞書の旅検定
制限時間は各問20秒。10問連続正解で合格です。
佐藤の解釈・持論
結果
2,145件
万物と自分が一体になる感覚を、先人たちも経験していた。
万物一体の境地。
我と物とが一体の境。
また、夢と現実とがさだかでないたとえ。
また、はかない人生のたとえとしても使われる。
こちょう、ゆめ
他業種で実績を上げた人が、違う業種でも実績を上げることが多いのは水平思考のおかげか。
問題を解決するにあたって、従来の枠組みにとらわれず、多角的視点から思考して解決の手がかりを得ようとすること。
好かれようとするより、嫌われないようにする。
ポスティングで学んだ。
立身出世しても他人から恨まれないようにせよという戒め。
こきゅう、いまし
故事を知っておかないと、間違った使い方をしてしまいそうな ことわざ。
本当にダメな人ではなく、将来性のある人に使いたい。
いつまでたっても、全く進歩のない人。
学問のない人物のたとえ。
「呉下の旧阿蒙」ともいう。
ごか、あもう
こちらの言動から抱かれた恨みなら、致し方あるまい。
反省して折られよう。
風に折られる程度なら。
地位や名声の高い者は、他人から妬まれて、困難や災厄に出会うことが多いということ。
高い木は風当たりが強く、折れやすいことから。
こうぼく、かぜ、お
立派な字は筆でも石でも書ける。
名人や達人と呼ばれる人は、道具や材料の善し悪しなどは問題にしない。
弘法大師は、筆の善し悪しなど問題にせず、どんな筆でも常に立派な文字を書いたという意から。
「弘法は筆を選ばず...
こうぼう ふで、えら
卑下するわけでもない孔子の謙虚さ。
どんなに立派で才能がある人でも、時機に恵まれなければ才能が開花しないこともあるというたとえ。
「会わず」は「遇わず」とも書く。
孔子=春秋時代の魯(ろ)の人。
儒教の始祖。
こうし、とき、あ
金さえ払えば心も伝わると勘違いしている君主の愛は伝わらない。
君主のもとで国政を補佐するのに必要なのは数名の賢人だけで、他の多くの凡人は何の役にも立たないということのたとえ。
こうこく いっきょせんり、たの、ところ、りっかく
現時点では、行書で書くときも一度は楷書で書くようにしている。
新たにその分野に現れたばかりで、意気込みが鋭く、将来有望なさま。
また、そういう人のこと。
人間だもの。
恋は理性を失わせるということのたとえ。
恋のことになると、孔子のような聖人といえども分別を失い、過失を犯す意から。
こい、やま、くじ、たお
地球の人口増加が著しいので、恋をする人は自然に少なくなると予想。
人類が宇宙に移住するとなれば、一気に人口爆発だ。
恋の道には師匠などなく、年ごろになればだれでも自然に覚えるものだということ。
人望の厚い賢者なら、貧乏しがちでも幸福である。
世間並みのことをしない者は、つらい目にあうというたとえ。
また、やせ我慢の愚かさを笑うことば。
けんじゃ、だて さむ
どの主人につくか、運命のみぞ知る。
しかし悪い主人についたのは、本当に自分の運が悪かっただけか。
人間は、自分の主人から目をかけられ、恩義を受けると、主人のためにはどんなことでもするようになるというたとえ。
けつ、いぬ ぎょう、ほ
私は閉め残しの下種だが、換気効果は絶大だ。
戸や障子の閉め方一つで、その人の品性がわかるということ、戸や障子を閉めるときに、品性の卑しい者は一寸ぐらい閉め残し、馬鹿は開け放しにすることから。
げす、いっすん、さんずん
人と仲良くしつつ、自分の考えを持つ。
君子は人と調和するが、主体性を失うことはない。
小人は付和雷同するが、人と調和することはないということ。
くんし、わ、どう、しょうじん
一技・一芸を奥深く学ぶ姿勢で努力していれば、結果的に何事にも通じる。
君子は一技・一芸にかたよらず、広く何事にも通じる人格を養うことが大切であるということ。
器=ある一定の用途にだけ役に立つものの意。「うつわもの」とも読む。
くんし、き
君子は相談に乗ってくれるかな。
徳の高い立派な人は、自分の行動を慎み、危険なところには近づかないということ。
対義
虎穴に入らずんば虎子を得ず
危ない所に登らねば熟柿(じゅくし)は食えぬ。
くんし あや、ちかよ
神仏を全く信じていないものは、腹が痛くなっても神仏に祈れず、辛い。
自分が困ったときにだけ、他人に頼ろうとすること。
ふだんは神や仏をおがんだことのない者が、苦しいときにだけ、神仏に祈って助けを求めることから。