今日の言葉
不能…❶できないこと。不可能。
この言葉を読む【小説】 躊躇っている女性に「大丈夫だよ。俺、不能だから」といった口説き文句は、連れ込むのに果たして有効なのか。 「一応躊躇ってはいるけれど、不能なのは嫌よ。アタイ」
あいうえお順、辞書名、検索、今日の言葉。辞書への敬意を持ちながら、佐藤嘉洋の解釈を主役として読むページです。
今日の言葉
この言葉を読む【小説】 躊躇っている女性に「大丈夫だよ。俺、不能だから」といった口説き文句は、連れ込むのに果たして有効なのか。 「一応躊躇ってはいるけれど、不能なのは嫌よ。アタイ」
辞書の旅
辞書の語釈を入口に、佐藤嘉洋の解釈・記憶・文脈へ進むための検索室です。
なにとぞ君が出す考察・持論を読んで、どの見出し語のことかを4択で選びます。10問連続正解で合格です。
辞書の旅検定
制限時間は各問20秒。10問連続正解で合格です。
佐藤の解釈・持論
結果
2,444件
辞書が注意してくれなかったら、書き誤っていた。
親よりも先に子が死ぬのは、親をいちばん悲しませる不孝である。
注意
「不孝」を「不幸」と書き誤らない。
好きな相手と結婚しても、いつか嫌いになるかもしれない。
なんとも思わない相手と結ばれても、いつか愛せるかもしれない。
好きな相手と結婚できず、なんとも思わない相手と結ばれる、男女の仲の思うようにいかないこと、縁の不思議なことをいう。
溺れる前に陸に上がる。
困難に直面している者は、どんな物にでもすがりついて救いを求めようとすることのたとえ。
誰にでも仏のような人は稀にいるが、誰にでも鬼のような人は、皆から嫌われて孤立する。
相手の出方次第で、鬼のように恐ろしい人間にもなるし、仏のようにやさしい人間にもなるということ。
キーワード索引を読んでいた段階では、語釈を想像していた。
辞書の旅、答え合わせシリーズ。
男の目は、糸を引いたようにきりっとしたのがよく、女の目は、鈴のようにぱっちりと丸く開いているのがよいということ。
大きな話はワクワクするが、人を巻き込むときは信頼度にも繋がるので、現実的な話も織り交ぜたい。
あてにならない大きな話より、現実的な小さな話のほうが確実だということ。
類義
大金より小金
新明解、明鏡と来て、故事ことわざ、四字熟語でも採用。
大人物の遠大な志は小人物にはわからないということ。
燕や雀などに、どうして鴻鵠の心を知ることができようか、という意から。
えんじゃくいずくんぞ、こうこくのこころざしをしらんや
努力と運の関係。
なりゆきは天の意志にゆだね、運命に従うという意。
*
運を待つは死を待つに等し
意味
何も努力せずに幸運の訪れるのを待つのは、自滅するのを待っているようなものだ。
運は自分の努...
孔子、うまい!
機知に富んだ人になりたいものだ。
権威や圧力で自らの主張を無理やり押し通すことのたとえ。
また、人の心中を察することのたとえ。
補説
後者の意味の語源として、江戸時代の随筆集『雑和集(ぞうわしゅう)』に、次のよ...
ただし、人民側がなんの努力もせず、世の中や君主のせいにしても、なんの成長もできずに死んでいくだけである。
君主という器次第で、人民はよくも悪くもなるということのたとえ。
容器が四角形ならば、中の水も四角形になることから。
うほう、みずほう
仏も閻魔に舌を抜かれていた。
うそはよくないが、時と場合によっては必要なことがあるということ。
▽方便=仏教語。相手の資質や条件に応じて用いられる、自在な救済の手段。それ自体は真実ではないが、衆生を迷いから...
辞書の旅は、はたから見れば同じように見えるかもしれないが、細かい工夫を加え、一歩ずつ進んでいる。
今の状態を変化させずに守り保つこと。また、変化せず保たれること。
元々は誤りから出来たことわざだった。
相手が好意を示せば、こちらも好意をもって対応しようということ。
魚が水に好意を持てば、水のほうでもその魚に好意を持つものだという意から。
「水心あれば魚心」ともいう。
うおごころ、みずごころ
陰徳を積めば陽報のある人生だが、私はもはや陽報のために陰徳を積んでいる利己的な人間かもしれない。
人知れず善行をする者には、必ずよい報いがはっきりと現れるということ。
▽
陰徳=人に知られない善行。
陽報=表面にはっきり現れるよい報い。
365日続けたら、優秀な使用人として給料を上げてもらえたかもしれないのに。
新入りの使用人は、来たばかりの二十日そどはよく働くが、慣れてくると怠けるようになるということ。
▽今参(いままい)り=新しく来た使用人。
正義は嫌いだが、命より大切なものはある、と考えている。
大切な命も、正義のためなら捨てても惜しくはないということ。
補説
出典には
「真心は恩に報いるために使われるもので、義理を果たすためならば命など軽いものだ」
とある。
「災難に遭う」「幸運に出会う」と、逆の意味がある。
ようは気持ちか。
でしゃばると思わぬ災難にあうという戒め。
犬もうろつき歩くから棒で打たれるという意から。
また、動き回っているうちに思いがけない幸運に出会うことのたとえにも使われる。
付き合いの長さより、気が合うかどうか。
ただし、親しく付き合えば、いずれ気が合わなくなることも認識したい。
ちょっと会って少し話をしただけなのに、古くからの友人のように打ち解け親しむこと。また、そのような仲。