今日の言葉
最敬礼
明鏡国語辞典この言葉を読む【考察】 明鏡国語辞典はマナー本にもなっている。
あいうえお順、辞書名、検索、今日の言葉。辞書への敬意を持ちながら、佐藤嘉洋の解釈を主役として読むページです。
今日の言葉
この言葉を読む【考察】 明鏡国語辞典はマナー本にもなっている。
辞書の旅
辞書の語釈を入口に、佐藤嘉洋の解釈・記憶・文脈へ進むための検索室です。
なにとぞ君が出す考察・持論を読んで、どの見出し語のことかを4択で選びます。10問連続正解で合格です。
辞書の旅検定
制限時間は各問20秒。10問連続正解で合格です。
佐藤の解釈・持論
結果
277件
考えは、簡単には変えられない。
しかし、時に変えなければならない。
強く思い込んでしまっていて、簡単には変えられない考え。
大切な思想。
しかし、直接迷惑をかけない範囲なら、気楽にやっていいと思う。
私情や私欲に打ち勝って、社会の規範や礼儀にかなった行いをすること。
出典
『論語』顔淵
ろんご、がんえん
己に克ちて礼に復るを仁と為す
こっきふくれい
『辞書の旅』は逆境というより、何も無いところから始めた。
本当のところは、なぜ毎日続けているのかわからない。
しかし8年続けていると、新聞に取り上げられるのだから、人生は面白い。
否、面白くする。
長く苦境にありながら目標に向かって努力し続けること。
「私は生まれたときから絶対者で、私の理想こそ絶対だ」という意見だと聞き入れる気にならない。
しかし、「こういう考えをして私は成長したのだ」という姿勢で話してくれれば聞く耳も持つというものだ。
仏も昔は凡夫なり…604
▼むかし[昔]
良いときに近づいてきて、悪いときに離れていく友もいる。
しかし、良くも悪くもその原因を作っているのは自分自身である。
それを自覚しつつ、「逆境のときに残ってくれた人が本当の友人だ」と思いたい。
○
313
人はより多くの富を求め、際限がない。
しかし、その欲があるからこそ、人は長く生きることができるようになった。
とはいえ「起きて半畳(はんじょう)寝て一畳、いつだってそこからやり直してやる」という気概は持ち合わせたい。
☆
111
落ち目のときに側にいてくれる人を大事にしようとは思う。
しかし、自分自身も調子のいいとき、側にいたいと思ってもらえるような人格でいられたか。
☆
557
恋に夢中になっている間は精神がおかしくなる。
心変わりなどをして「なぜ自分はあれほど尽くしていたんだろう」と正気に戻ることもある。
しかし、一見わずらわしいことでも、惚れた力で乗り越えられるのであれば、それはマイナスではない。
♪
606
案外こういうことは多い気がする。
しかし、毒を忌み嫌う人も多い。
毒も使い方である。
水でさえも飲み過ぎれば毒。
意味…悪をもって悪を抑えること。
補説…毒を消すために他の毒を用いる意から。一般には「毒を以て毒を制す」と訓読して用いる。
誰にでも一度くらいはチャンスが訪れる。
しかし名人になれば、一度ならず何度でも名剣を作れる。
自分の才を信じ、じっくりと腰をすえて取り組むべし。
下手な鍛冶屋も一度は名剣…592
▼けん(つるぎ)[剣]
うちの坊ちゃんのためになるかと思って『#辞書の旅』を無理矢理やらせたら、大の国語嫌いになってしまった。
子育ての失敗例です。
ご参考あれ!
しかしながら人間万事塞翁が馬である。
将来は坊ちゃんも国語学者になっているかもしれない。
しかしながら、善良な性的道義観念に基づいた上の性行為は、退屈そうだ。
性に関して、みだらでいやらしいこと。
▼法律では、善良な性的道義観念に反して、いたずらに人の性欲を刺激・興奮させ、正常な性的羞恥心を害することをいう。
わいせつ
もし私が豚箱にぶち込まれたら、辞書を読ませてくれ。
とりあえずそれで何とかやり過ごし、思索の世界に入り込んで死んで行くわ。
しかしながら、牢死するほど長い罪を犯すことは、おそらく無いだろう。
牢に入れられたままで死ぬこと。獄死。
ろうし
【嘉洋流例】
長年の画像収集も、労多くして功少なしだった。しかし、積み重ねた日々は良い思い出である。
苦労したわりには効果が少ない。
しかしながら、その争いが世間を熱狂させる。
英雄が二人現れれば必ず争い、どちらか一方が倒れるということ。
牛や豚や鳥がかわいそうだからと食べず、しかし魚は食べますという人の思考がわからない。
健康のために考えて「自分のために食べない」と選んだのならわかるが。
「自分のため」を「環境ため、他者のため」とするのは偽善と感じる。
魚に塩を振るなどして焼いた料理。
辛かった…英語版日本国憲法、辛かった。
ようやく終わりました。
明日から日米安保条約です。
しかしながら、一体何のためにやってんだろ、と、『#辞書の旅』共々思いますが、こういう...
墓参りも迷信だと思っている。
自分の中で故人を偲べば、それで充分な気がする。
しかし時折、墓参りに行きたくなるのは、自分のためなのかもしれない。
科学的根拠がなく、社会生活に実害を及ぼすことが多いとされる信仰。