意味

人材を育てることは、大きな利益をもたらすことのたとえ。また、大計を成し遂げるには、人材を育成しなければならないというたとえ。
補説…一を育てて、百倍もの収穫があるのは人材である意から。
「一樹」は木を一本植えること。
「百穫」は百倍の収穫の意。

補説

仏教語。「不説一字」ともいう。

補説

もと茶道の心得を表した語で、どの茶会も一生にただ一度のものと心得て、主客とともに誠意を尽くすべきであることをいう。千利休の弟子宗二の『山上宗二記』に「一期に一度の会」とあることから。
「一期」は仏教語で、人が生まれてから死ぬまでの間の意。

意味

何事にも、必ず何かひとこと言わなければ気のすまない人のこと。
補説…「居士」は、もとは在家で仏教に帰依する男子の称で、わが国では男子が死んだ後、戒名の下につける称号。ここでは「一言抉(こじ)る(こじつける)」を人名になぞらえていったもの。

意味

文字や言葉を使わなくても、お互いの心と心で通じ合うこと。
補説…もとは禅宗の語で、言葉や文字で表されない仏法の神髄を、師から弟子の心に伝えることを意味した。
「心を以って心に伝う」と訓読する。

補説

「一欠」は官職の一つの空席。
「十求」は多くの人が求め殺到すること。
故事…中国晋の役人であった王蘊は性格が温厚で、身分の低い者でも官職に登用するため、官職に一つの空席ができると、それを求めて多くの人が殺到した故事から。

意味

事の善悪にかかわらず仲間として行動や運命をともにすること。
補説…もと仏教語。よい行いをした者は極楽浄土に往生して、同じ蓮の花の上に身を託し生まれ変わることから。
「托」はよりどころとする、身をよせる意。
注意…一蓮託生とも書く。

補説

一つの村の人々がみな「椎(つち)を曲げることができるほどの力がある人間がいる」と言えば、本当にいることとなってしまうという意から。
「一里」は一つの村。
「撓椎」は椎を押し曲げること。
「一里なれば椎(つち)を撓(たわ)む」と訓読する。

補説

仏教語。
「一念」は、一度、阿弥陀仏の名号を唱えること。
「往生」は死後、極楽に往(い)って生まれること。
法然の没後、門下の念仏理解に分岐が生じ、一回の念仏で往生できるとする「一念義」と数多く念仏することを重視する「多念義」の対立が起こった際に生まれた。