ライター佐藤嘉洋から見た英雄伝説アジアチャンピオンリーグ総決戦 in 敦煌

posted : 2015/08/30

砂漠の中で試合をやる?そんな夢見物語が実現するのだろうか、と疑っていたら、本当に実現した。2015年8月の英雄伝説は、出場選手にとって一生の思い出に残るようなリングだったに違いない。

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今年の4月、英雄伝説2015シリーズの記者会見に呼ばれ、私は深センまで飛んだ。選手にとっては現実離れした過酷な日程でトーナメントが組まれていて、さらに最終戦は8月という真夏にも関わらず砂漠のど真ん中にリングを立てて試合を行うという。そんな、ほかの大会ではあり得ない幻想的な場所で試合などできるのだろうか、と訝しんだ。

そして、主催者から8月の下旬に大会があるので出場を予定しておいてくれ、と頼まれたのだが、そのときは7月にK−1の70kgトーナメントの出場が予定されていたので、「肉体的&精神的に無事だったら出場します」という後ろ向きな返事にとどめておいた。

その後、ご存知の通り私は引退を決意した。出場予定だった7月4日のK−1、そして8月28日の英雄伝説の出場も辞退することを発表した。実は6月末の時点でも日本代表チームのキャプテンとして重慶に招聘され、

「英雄伝説72kg級世界タイトルの防衛戦としてラムソンクラームと対戦してほしい。もう一度引退を考え直してくれないか」

と主催者から説得の場を設けられたのだが、私の意志はすでに決まっていて、固辞することになった。そして、選手としての協力はできないが、なんらかの形でこれからも英雄伝説にも関わっていきたい、という気持ちを伝えた。

そしてありがたいことに、英雄伝説2015最終戦のビッグイベントにも呼んでいただき、英雄伝説世界チャンピオンとして引退セレモニーも開いてもらった。私のキャリアは海外遠征も多く、こうして異国のファンにも引退の挨拶を直接できたことを大変光栄に思っている。これだけ盛大に日本でも海外でも引退セレモニーをやってもらっちゃったら、もう復帰なんてできないなあと、復帰する気もないのだけれど妙にしみじみと思ってしまった。

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フライトスケジュールの都合で北京市内に一泊してから敦煌に到着することになった。名古屋便は時間に余裕があったので、一人でタクシーに乗って天安門に少しだけ寄ってみた。

現役時代、私は海外遠征に行くといつも散歩がてら外によく出ていた。減量代わりにもなるしね。

日本での試合のときも、食事には細心の注意を払いながら、試合前日でも平然とショッピングしたり、友達とお茶したりして気分転換に勤しんでいた。

部屋の中で一人でモンモンとするのも、それはそれだけれど、それは嫌だったので大概外に出ていた。私は、行動力も結構ある(あてもないのでたまに迷惑もかけるが)。

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日本からの出場選手は、予選トーナメントを勝ち上がった郷野聡寛と、K−1WGP60kg級チャンピオンの卜部功也の2名。

郷野聡寛vsシンバード・シットバンク

郷野選手をはじめて間近で見たのは、2005年2月に開催された、私にとっての全日本キック最終戦だったと記憶している。彼も同様にその大会に出場していた。当時、彼はヘビー級で戦っていて、近年は中量級で試合をしているのだから、その適応力は計り知れない。

また、総合格闘技出身ながら巧みなボクシングテクニックで長く格闘技界で活躍している猛者でもある。数年前は計量失敗の連続で評価を落としたが、今回の英雄伝説では、体重調整も慎重かつ細心の注意を払っているように見えた。ブラジルで素晴らしい減量法にも巡り会えた様子。計量は無事に一発でパスした。

対戦相手は同じくトーナメントを勝ち上がったタイのシンバード。ちなみに、この試合は72kg級のアジアチャンピオン決定戦である。すなわち、私が持っていた英雄伝説の世界タイトルと同じ階級ということになる。

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ムエタイ特有の佇まいや間合いに、郷野は手を焼くが、首相撲でシンバードの体力を消耗させることに成功する。しかし中盤以降もなかなか攻め込ませてもらえず、試合は延長へ。

延長Rもなかなか差がつきにくい試合内容だったが、ローキックの印象がジャッジに支持され、郷野聡寛が見事英雄伝説72kg級アジアチャンピオンの座に輝いた。

「次は英雄伝説の世界タイトルを目指しますか?」

という私からの問いに、

「世界となるとラムソンクラームみたいなのとやらなきゃいけないんでしょ。総合(格闘技)に戻ろうかな」

と、大ベテランはおどけて見せた。

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 カン・エンvs卜部功也

卜部功也は昨年5月の英雄伝説に、伊澤波人のセコンドとしてついて来ていたので、会場に足を運ぶという意味では今回が2度目ということになる。日本の会場で会ったときに

「バンテージを巻いてください」

と頼まれたのだが、なにせ私は6月の重慶大会で林京平相手に初めてバンテージを巻いたばかりのヒヨッコセコンド。日本代表のキャプテンとはいえ、セコンド業務は雑務全般である。

そんな大役を仰せつかるわけにもいかず、郷野選手のセコンドとして来ていた笹谷淳氏に頼むと快諾してくれた。今大会の功也選手の相手は、長く中国ライト級のトップファイターであり続けているカン・エンだ。

試合が始まった。カン・エンは序盤をスピードのある右ジャブ、フックでうまく戦ったのだが、卜部功也も右のパンチ、左膝を中心に反撃し、徐々にペースを握る。持ち前のアンタッチャブルなスタイルを存分に活かし、終盤はアウェイということも見据えて積極的にポイントを稼ぎ、見事な判定勝利を飾った。英雄伝説vs新生K−1の構図の対抗戦をモノにした。

試合前日に功也選手といろいろ話をさせていただいた。新世代キックボクサーと我々旧世代のキックボクサーの違いなどを語り合った。昔はとにもかくにも打倒ムエタイが第一で、日本チャンピオンクラスになれば皆が必ずムエタイに挑んでいた。なぜなら日本のキックボクシングは、元々は「打倒ムエタイ」という意思のもとに発足したという起源があるからだ。

しかし時は流れ、そのあり方も変容していった。だから功也はいまだに対ムエタイとの対戦経験は0なのだという。しかしながら本人に聞いてみると、ムエタイとの戦いには興味津々。「壊し屋タイプのタイ人トップと戦ってみたい」と大変意欲的だった。現在のムエタイは8割方首相撲とバランス崩しに偏重していて、K−1ルールに向くタイ人は少なくなっているのも事実。だが、ブアカーオやゲーオのようにK−1ルールでも活躍できる選手が、探せば必ずいるはず。卜部功也は、現在K−1に参戦している60kg級の中では、技術的に一歩抜きん出ている。打倒ムエタイではなく、K−1ルールでムエタイトップファイターと凌ぎを削る試合が観てみたい。

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今大会、日本人選手の他にも注目カード、注目選手が目白押しだった。

さすがはシリーズ最終戦。カード編成にも、会場作りにも力がこもっている。

上の写真、試合会場のほんのすぐ横ですからね。すごいですよね。

大会前の展望はこちらのリンクを参考にしてほしい。

中国・英雄伝説のビッグイベントが8.28に開催(佐藤嘉洋オフィシャルブログより)

ジュー・シュアイvsコンパヤック・シッジョムブーン

このジュー・シュアイは、6月に重慶で初めて観た選手で、トーナメントの2試合をいずれもKOで勝ち上がり、技術レベルも非常に高く、なおかつ倒すパワーも持ち合わせている選手で、順調にキャリアを積めば世界レベルの選手になると期待している。

パンチのジュー、キックのコンパヤックという構図。しかしながら、ジューはただのパンチャーではなくムエタイのスキルも身につけているので、とてもバランスが良い。3Rに左フックでダウンを奪うも、レフェリーの死角に入ってしまったようでダウン裁定されず。しかしその後もパンチをまとめ、明確に差をつけて判定勝利し、英雄伝説60kg級アジアチャンピオンに輝いた。

ジャン・ジンシュアイvsラムソンクラーム・チューワッタナ

当初、佐藤嘉洋と対戦予定だったラムソンクラームは、長くムエタイ中量級のトップ戦線に居続ける選手。対戦相手のジャンになにもさせず、キャッチからの右ストレートでダウンを奪い判定勝利。のらりくらりと戦うムエタイスタイルにジャンは対応できなかった。英雄伝説には珍しいムエタイルールの試合。

フェン・ジンリvsヨーセングライ・フェアテックス

計量時には睨み合い、さらに記者会見でも舌戦を繰り広げた両者。ヨーセングライはK−170kgを制したマラット・グレゴリアンを完封している超強豪。2006年のK−1MAXのオープニングファイトに出てきて、カマル・エル・アムラーニに何もさせずに勝利したときは、本当に衝撃を受けた。

しかししかし、そのヨーセングライ、体調不良でまさかの試合直前で欠場となってしまった。開会式には出ていたのだが、限界に達してしまったのだろう。また生で憎らしいまでの強いヨーセングライを見たい。早い復帰を願う。

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シュー・イェンvsジョルジオ・ペトロシアン

英雄伝説70kg級世界王者にスーパーテクニシャンのペトロシアンが挑むという、まるで2003年のWKA世界ムエタイウェルター級タイトルマッチの防衛戦で佐藤嘉洋がガオランを挑戦者として迎え討ったときのような一戦だ。

試合前半こそ、シューは思い切って攻撃を仕掛けていくものの、それを見切ったペトロシアンは早々に膝でダメージを与え、またガードの隙間から綺麗に左ストレートを当てる。

2Rにはペトロシアンが膝で2回ダウンを奪うも、レフェリーはダウンと認めず試合続行。しかし、シューの心はすでに折れているように見えた。

最終R、バックブローなどで起死回生を図るも、ペトロシアンはそれも交わし、最後はパンチの連打からの膝蹴りでシューは力無くリングにうずくまり、これ以上立つことはなかった。

ペトロシアンの完璧なKO勝利。

ジョルジオ・ペトロシアン、英雄伝説70kg級世界王者に。

最後に、昨年から英雄伝説とのパイプが繋がったのはCFP(チャイニーズファイティングプロモーション)の尽力のおかげである。深い感謝を示すと共に、今後も中国においては英雄伝説と何らかの形で携わっていきたいと願っている。

明るく生こまい

佐藤嘉洋 in 敦煌

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