JAZZな気持ちで
何かを成し遂げるためには、何かを捨てなければならないことについて。初のBlue Note訪問にて。
何かを成し遂げるには、何かを捨てなければならない。
全てを手に入れようとすると、結局は全て中途半端になってしまう。
というわけで、こんにちは。
選手として経営者として作家として三足の草鞋を履いてはみたものの、やはりどこかに無理はあったかもしれないな、と最近気づいた佐藤嘉洋です。
行きたい、行きたい、と思いつつも、現役時代にはとうとう行くことが叶わなかった場所があった。Blue Noteだ。ニューヨークに本店がある、言わずと知れたジャズクラブで、大人の階段をのぼるなら必須科目の一つだと認識していた。
連れて行ってくれた友人と親交を深めるキッカケになったのは拙著『悩める男子に捧げる 1001のローキック 』だ。
この本の内容を気に入ってくれて、格闘家ではなく作家としての私にスポンサーとしてサポートしてくれるようになった。格闘家としてはそれなりに評価のあった私ではなく、まだまだ駆け出しの何の評価も受けていない作家に、よくもまあ勇気のある行動をとってくれたものだと感心している。
その友人は豊田市で原田屋書店という本屋を営んでいる。
人との付き合い方は人それぞれだ。
K-1の地上波放送が終わって、私の知名度が低くなったとき、懇意にしていた人の中で何人かは離れていった。その人たちは、佐藤嘉洋と付き合っていたというより、「TVに出ていた」佐藤嘉洋というカギカッコ付きでの見方でしかなかったのだろう。
私を同伴することで、「俺は有名人と知り合いなんだぜ」というその人の欲求は満たされ、その対価として私に良くしていただいたとも言えるかもしれない。
しかし少なくとも、TVに出ている間はとても仲良くしていただいたので、それだけでも感謝すべきである。憎まれ口を叩く必要はない。
現金な付き合いだと揶揄するかもしれないが、総合的に考えてみてほしいのだ。自分にとってプラスにしかなっていないではないか。
チケットを買ってくれたり、激励賞をいただいたり、ご飯や飲み屋をご馳走になったり(あれ、本当に”現金”だな)……マイナスなことは何もない。にもかかわらず、自分の元を離れていっただけで、その人のことを悪く言う人がいる。しかし、それはお門違いというものである。
一面でしかない見方、あるいは一時の感情という局地的なものに引っ張られ過ぎである。
繰り返すが、少なくともそれまでは良くしてもらったのだ。知名度が低くなって離れていったということは、その人の中で自分の魅力は知名度のみだったということ。ただ、それだけだ。必要以上に感傷的になる必要はない。
とはいえ、現役引退以降、私にとって何が一番嬉しかったか、と聞かれたら、ほとんどの人間関係がまったく変わらなかったことだ。
このような世の中への露出的には真っ暗闇な状況の中でも、変わらずに付き合いを続けてくれた人がいることを、私はけっして忘れることはないだろう。「奇跡」以外の何ものでもない。これを幸せと呼ばずして何と表現できるだろう。
胸に感謝の気持ちを秘めながら、Blue Noteに通じる階段を降りる。断っておくが、Blue Noteといっても東京ではない、名古屋の栄にもあるんだぜ。へっ。
おや、意外に深い場所にあるのだな。異空間を演出することに見事に成功しているじゃないか。
会場内に入る。「名古屋臭」はしない。まるで東京にいるみたいだ。このような洒落た場所が、名古屋にもあったのか。六本木のパークハイアットを迷路のようにさまよい歩いて辿り着いたバーと雰囲気が似ているじゃないか。
という、なんやかんや言っても地方コンプレックスの塊の佐藤嘉洋です、こんばんは。
ライブが始まった。この日は『indigo jam unit』というJazzバンドが演奏していた。Jazzといっても彼らが奏でるのは落ち着いたJazzではなく、かなり激しめ。ベースに合わせて、ピアノの旋律とドラムのリズムが狂乱し、チャカポコチャカポコとパーカッションの響きがグルーヴさせる。
身体の、細胞が、沸き踊っている。
それはまず指先から伝わってきた。
トントン、トントン。
私は天性のリズム感の無さからか、人前でリズムに乗ることはまずない。しかし、指がトントンと躍動しているのだ。
トントン、トントン。
次は足が動き出した。
トントン、トントン。
次は頭が小刻みに揺れだしたぞ。おお、これは、身体の細胞が、
湧き踊っている!
Jazzというものを初めて生で聴いたが、本当に素晴らしいものだった。
いたずら好きな演奏者たちが、互いに演奏を遊んでいる。向こうがこう来たらこう返してみたり、意表をついて奇妙なアドリブを入れたり。タイミングがズレたらズレたで、笑ってもう一度そのフレーズに挑戦してみたり。その空間は遊び心の宝庫だった。Jazz、凄いな。本当に、凄い。
興奮する場数を相当踏んできているつもりだったが、今までにない素晴らしい経験をさせてもらった。
私の現役時代、ファイトスタイルは頑固一徹。遊び心はほとんど見せなかった。そんな余裕もなかった。とにかく必死だった。ずっと相手を打ち倒すことばかり考えてきた。しかしながら時折、リング上で心が踊るときもあった。身体は苦しいのに苦しくない。ううむ、どうやって表現したらいいのだろうか。よし、がんばって文章で表現してみよう。
不思議なのだが、相手を打ち倒そうとしているにもかかわらず、かみ合い、高め合い、ジャズの掛け合いのように身体が、あるいは細胞が喜び、踊り出し、細胞と細胞同士で会話するような、そんな感じ。そして、その熱がきっと観客にも伝わるのだろう。そんな時は、たいがいが大いに盛り上がるのである。今回のJazzライブを間近で観た私のように。
私はもう相手を打ち倒すことを目的としなくてもよい。今年現役を引退した。だからこれからは、肩の力をもっと抜こう。遊び心満載でいこう。その中でも良い緊張感を持って、物事に向かっていけたらいいな、と。Jazzな気持ちで物事に向かえば、「次はどうなるんだ」という期待感とともに、相手の心はますます踊ってくるのではないだろうか。相手のフリには必ず切り返すか、ボケよう。見ている人に喜んでもらえたり、笑ってくれたりすることに、今の私は幸せを感じる。前回にも書いたが、「一緒にいて楽しい人」というのを、私は目指しているのだ。
「何かを成し遂げるには、何かを捨てなければならない」と冒頭に書いたが、それは何も職業のことだけではないようだ。私は「Jazzな会話や文章を成し遂げるために、自分のつまらないプライドを捨てる」ことにしよう。自慢だけじゃなくて失敗談もたくさんしていこう。肩肘張らないで、心が本当に遊べた時、私はきっと高みに達することができる気がしている。
ということで、来年も(変わらず)よろしくお願いします。
明るく生こまい
佐藤嘉洋 at Blue Note Nagoya
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