一緒にいて楽しい人
「一緒にいて楽しい人」として、自分の知らないことを教えてくれる人、自分の失敗を笑い話にできる人、他人の悪口を言って誰かを貶める人を佐藤嘉洋が提示して考えました。
「佐藤さん、あなたは表に出なきゃならない人だ」
武田邦彦先生が私にそう言ってくれたことは、前にも書いた。そしてアドバイスだけでなく、実際にいろいろと行動を起こしてくれている。今回、DHCシアターで氏が出演、監修する『現代のコペルニクス』という番組に、初の格闘家として出させてもらうことになった。DHCシアターとは、YouTubeを媒体とした放送局で、『現代のコペルニクス』はその中でも特に人気番組だ。
私は世間知らずということもあって、出演を依頼されるまではDHCシアターという名前や『現代のコペルニクス』という番組タイトルも耳にしたことがなかった。だから、下調べも兼ねて番組を視聴してみることにした。
むむう……
政治経済や歴史のことなどを、武田先生がズバズバと切り込んでいく。こんな高尚な番組に私が出てもいいのだろうか。しかも、生放送である。思わぬ“とんでも発言”などしてしまったら、その過ちが人生の汚点となってインターネット上に永遠に残ってしまう。私など、お門違いなのではないか? 少々気遅れしたのも事実。けれど、
「やってみる?」
と聞かれたら
「やってみます」
という姿勢で私は生きている。だから
「なんとかなるさ」
と出演に踏み切ったのである。
生放送の当日、私はスタジオに向かった。実は以前にもここに来たことがあって、今回で二度目の訪問。前回は百田直樹氏を紹介してもらったことをSNSでもお伝えしている。昔は、田舎根性丸出しで「東京も名古屋も大して変わらないぜ」と息巻いていたが、それはただの劣等感の裏返しだった。いざこうやって首都に来てみると、さすがは首都、なのである。発展の度合いが名古屋とはまるで違う。考えてもみてくれ。たとえば著名人のほとんどは東京にいるんだよ。それだけ東京には「特別」がたくさんある、ということ。つまり、あの川村ゆきえや中村静香だって東京のどこかに住んでいる、ということなんだ。
日本の首都、東京よ、ああ東京よ。
Tokyo is on my mind!!
ああ……すまない、川村ゆきえや中村静香のようなガチャピン顔のことを考えると、私はつい興奮してしまうんだ。……ん? ということは、東京そのものに興奮しているのではない。俺はただ、彼女たちを惹きつける東京に嫉妬しているのか。”Tokyo is on their mind!”だ。ちっくしょー。
このまま脱線して1万字くらい書いてしまいそうなので、話を戻そう。
DHCシアターの控え室には大きな本棚があった。そこには、たくさんの本が詰まっている。私は他人の本棚を見るのが好きだ。なぜなら、その人の趣味嗜好を垣間見ることができるからだ。また、自分では選ばないであろう本との出会いは、私の人間としての可能性を広げてくれるので無性に嬉しい。
本棚の向かい側にはソファベッドも置いてあって、スタンバイまで横にならせてもらうことにした。1000冊は並んでいるんじゃないかと思われる本棚をひとしきり眺めて、そして目を瞑った。キックボクシングの試合前と同じだ。本番での集中力を高めるために、私には仮眠が必要なのだ。
本番の時間を迎えた。短い間ながら、ぐっすり眠ることができたと思う。これで良いパフォーマンスを見せられる。そして、ほどなくして武田先生と控え室で合流した。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい」
番組が終わった。最初は音声の調子が悪くてヒヤっとしたが、そのあとは武田先生が軽妙なトークに合わせて、うまい具合に質問を振ってくれたおかげで、滞りなく話すことができた。私からも時折意見を入れることによって、内容に膨らみができたのではないだろうか。反省点としては、番組の後半から台本に目をやるシーンが多くなったことだろうか。しかし実際は、台本にはほとんど何も書かれておらず、すべての項目に「話の流れで」とあるだけだ。手元に置いてあったせいで、視線を意味もなく台本に向けてしまったことは、次の機会には是正しよう。おそらくこの行動は、高尚な番組に長時間出演したことによる緊張が、無意識下から湧き上がって来た結果なのだろうと自己分析してみた。
格闘技の戦いも、あるいはこのような対話も、相手がいて初めて成り立つ。互いの間にある“空気”を感じ取るのが私は好きだ。相手ばかり話していても疲れてしまうし、自分ばかり話していても自己満足になってしまう。「技の攻防」と「話の掛け合い」は似ている。一方的に攻める試合は面白くないのと同様、一方的に話す会話も面白くない。相手とダンスするつもりでトークしたい。「面白かったなあ」「もう一度聞きたいなあ」と相手に思ってもらえるのが素晴らしいことだ。それを極めているのが、武田邦彦先生である。この人の話し方、話す内容は、人を引き込んでいく。たとえば一緒に食事するだけで、たくさんのことを考えさせられ、今まで知らなかったことをたくさん教えてもらえる。シンプルに言えば「一緒にいて楽しい人」なのだが、そう思わせるには深い知識と高度なコミュニケーション能力が必要なのだろう。
「一緒にいて楽しい人」と一口に言っても、どういうパターンがあるのだろう。少し考えてみよう。自分の知らないことを教えてくれる人、自分の失敗を笑い話にできる人、それから他人の悪口を言って誰かを貶める人も時には愉快にしてくれる。しかし注意が必要だろう。自分が悪口を言うかはもちろん、悪口を聞いて楽しいと感じる自分にも要注意。いずれの場合も、自分自身が成長することには繋がらないからだ。
悪口には、外敵を作って悪口を言い合うことで、その者同士の絆を深める効力がある。ストレス解消にもなる。そして残念ながら、人を楽しくさせる。私にだってそんな経験はたくさんある。でも、その楽しさに溺れないようにしたい。感覚が麻痺すれば、今度はさらに他人の失敗を願うようになる。これでは人生を豊かなものにすることは難しいだろう。
そして、もう一つのポイントは、このような事態が集団の中で起こりやすいということ。雰囲気に流されるのは、よくあることだ。Twitterなどもバーチャルな世界ではあるけれど、小さな感情が集合すると、思いもよらぬ大きな力になって、時にそれが人を叩くことに向かってしまうのは見ていて心が苦しくなる。面と向かっては叩くことができないのに、顔も本名も隠れていて、さらに集団化すると、正義が熱狂してしまう。
私の対処法は、弱虫と罵られるかもしれないが、波風立てずにそっと距離を置くのが吉、という姿勢だ。争ったところでどうしようもない。むしろ火に油を注ぐことにもなる。他人を変えることはとても難しい。でも、付き合う人は変えられる。
「成功者とは、他人の成功を自分のことのように喜べる人だ」
という名言を聞いたことがある。実際に、経済的にも家庭的にも成功している人たちと接する機会があるときに、まさに感じていることだ。ある時、親友に同じ話をしたことがある。すると彼は「それはその人に余裕があるからだ。ある意味、他人を見下しているから、他人の成功を自分のことのように喜ぶことができる」と反論した。確かに一理ある。しかしそうなると、成功者でない限り人の成功を喜べないなんて悲しいじゃないか。だから、そんなときに発動させたいのが、拙著『悩める男子に捧げる 1001のローキック 』にも書いた
「プラスの劣等感」
だ。相手の失敗を願うのではなく、相手の成功を喜びつつ、自分はさらに上に行ってやるぞ、という気持ち。それを心がければ、劣等感は怖いものではなくなる。劣等感を持つ自分をさらに嫌いになることもなくなる。また、親友の言葉も考えてみよう。「成功しているから余裕がある」のか、「余裕があるから成功している」のか、鶏と卵のなんたら話と共通している。そもそも成功とはなんだろうか、なんて考え出すと、文字数がまったく足りなくなるし、今回伝えたいことも明後日の方向にいってしまうので、また別の機会に話すとしよう。
ノセられるとその気になっちゃう私
数日前、私は武田先生にあるメールをした。「時の運ですから」という返信が来た。
実は、武田先生からの紹介も手伝って、とある地上波番組の出演者として私が最終選考に残っていたのだ。面接でも手応えはバッチリだった。出演するのはもう間違いないだろう、と近しい人に会った時には「今度、○○の番組出るからよろしく!!」と伝え回っていた。数日後に事務所から連絡が来た。「今回は残念ながら……」
ま、マジか……
「絶対イケると思ったんだけどなあ」と頭をポリポリ掻いていたら、「私は9割方ダメだと思っていたわよ」と妻がため息をつく。「あなたは本当にめでたい人よね。なんでそんなに前向きになれるのか。企画書にも『今回の最終面接が出演依頼ではないことをご理解ください』って書いてあるじゃないの。こういうときは、ダメだと思っておいた方がいいのよ。それでもし出演が決まったら、より嬉しく感じるじゃない。ダメで元々の気持ちでいかなくちゃ」と、喜びのハードルを低くして幸福感を得やすくする悲観的な妻ならではの処世術を紐解いてもらった。
溜池山王の居酒屋で、武田先生はじめDHCシアターの番組スタッフと打ち上げをした。出演見送りの話になったとき「佐藤さんからメールをもらって、僕は落ち込んじゃってね。絶対にイケると思っていたんですよ」と武田先生はグビっとビールを飲み、私は、頭をポリポリ掻いていた。すると、番組関係者のひとりが、関西なまりのイントネーションで口を開いた。「TV局側からすると、スポーツ選手のくくりとして、ボケを欲してるのかもしれませんね。それにお笑い芸人がツッコんで面白くしていく。僕が今まで見てきた限り、佐藤さんはツッコミ側です。自分の意見でビシバシと切り込んでいくタイプ。となると、局が求めているスポーツ選手のイメージではない。だから、むしろ、佐藤さんはスポーツ界初の有吉やマツコ的な立ち位置を目指すといい」
酒の席ということもあるし、お世辞にお世辞を重ねた言葉なのかもしれないが、私はそんな一言で、簡単に立ち直ってしまうのだ。よし、そうか。ならば、その立ち位置を目指してみよう。そしてこの『現代のコペルニクス』の出演の縁を大事にしよう。11月18日には1時間番組に編集した形でCS放送もある。ぜひこちらもご覧になっていただきたい。
今回の『現代のコペルニクス』出演を踏まえた上で、武田邦彦先生と佐藤嘉洋が、飲み屋でほろ酔いになりながら、いろいろなことを語り合う企画も用意してもらっている。目の前の仕事に全力を尽くし、全力で楽しもう。それは、プロキックボクサー時代も、引退後も何も変わらない。
「一緒にいて楽しい人」として、自分の知らないことを教えてくれる人、自分の失敗を笑い話にできる人、他人の悪口を言って誰かを貶める人、とさきほど上げた。私は、他人の悪口を言って誰かを貶めることを少なくしよう(まだ未熟なので0にすることはできないが)。知らないことを知るために勉強を続けよう。そして、まずは一番簡単なことから始めよう。それは、自分の失敗を笑い話に変えることだ。今回の「あわや地上波放送へ」という話で、私はとんだ赤っ恥をかいた。しかし、こうやって表立って先に笑い話に変えてしまえば、怖いものはないのだ。
「ダメだったらしいね」
「そうなんですよ。あはははは」
と笑ってしまえばいいのである。そこで変に言い訳したり、格好つけてしまうと生きづらくなってしまう。良かったときも明るく、悪かったときも努めて明るく、である。人はとかくネガティブな方向に進みがちだ。だから、意識的に明るく振舞っていこう。笑う門には福来たるって、本当なんだから。
そう、「一緒にいて楽しい人」には、笑顔が必要不可欠なのだ。
明るく生こまい
佐藤嘉洋
http://www.dhctheater.com/movie/play.php?movieid=12914
放送時間
12月12日 16:00 21:00
12月13日 9:00
12月14日 10:00
12月21日 10:00
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