【具鷲小説とは】
作者の構想力と読者の想像力によって、顔、声、性格などを意のおもむくままに描写し、読者それぞれ独自の想像世界を構築させることを目的とする散文学。読者は、文字だけで世界を構築できることに希望を抱き、自分の想像力があれば宇宙の果てまで行けることに驚嘆する、かもしれない。
〔具鷲辞典零版〕
〜 野に遺賢(いけん)無し 〜
あの日、あの時、あの場所に、カエルの住む街ケールがあった。そこには老若男女問わず、あらゆる種類のカエルが住んでいた。問題は大なり小なり起こるが、おおむね天下泰平だった。
街を治めるは大胆不敵なヒキガエル。問題発言も多かったが、打算の少ないリーダーだったので、敵よりも味方の方が多かった。
リーダーには参謀役のアマガエルがいた。根は慎重で臆病だったが、言われたことは忠実に遂行したので、リーダーからの信用も厚かった。二人は街外れの古井戸で話をしていた。リーダーが、横にいる右腕に言った。
「会議は徐々に時間の無駄になっていく。問題の共有と解決への士気を高めるためには、一つの物事に対してせいぜい2、3回が限度だ」
「ただ反対するためだけの意見が出始めたら危険信号ですね。みな疲弊(ひへい)します。そして士気は下降していく」
「それなら旨い酒でも飲んでいた方がマシだ」
二人は顔を見合わせてケロケロと笑った。
「そうだ、今夜は我が家で一杯やるんだったな。干しコオロギを用意してある。泊まっていってもいいぞ」
……最寄りの駅で降りたリーダーは、あらかじめ家の鍵を出しておこうと荷物を探った。すると、
「……か、鍵がない」
思わぬ失態に気づいたリーダーは、家路を急いだ。
家の前に着いた。まずリーダーが先に階段を跳び登った。そしてゲロゲッロと玄関の前で唸(うな)った。心配になった側近が後から追いかけて声をかけると、リーダーが
「これはとんでもないことが起こった。玄関に鍵がかかった状態で挿(さ)しっぱなしだった」
「それは信じられませんね。鍵をかけて、抜くのを忘れたと?」
「ううん、覚えはないが、どうやらそのようだ」
「空き巣に入られていませんかね」
「可能性としては低いかな」
リーダーは微笑んで鍵を抜き、参謀役に見せた。
「この鍵が一番価値のあるものだから、盗むなら真っ先にコレを持っていくはずだ。だから多分、家の中は大丈夫だ」
「盗みや争いの少ない世の中でよかったですね」
「ああ。気持ちが楽に暮らせるのは幸せなことだ。たとえば、武という字があるだろう。実はあれには、武器を使わないようにするという意味があるんだ」
「それは知りませんでした」
「力は争いを無くすためにある。知力なり体力なり、最低限の強さを持ち合わせもせず、豊かな生活を享受しながら且つ平和が当たり前だと思うのは都合の良い話だ」
「豊かな天下泰平は、犠牲の上に成り立っていますからね。魑魅魍魎(ちみもうりょう)は外にごまんといる」
……はたして家の中は、やはり出かけたままだった。腹心はリーダーの失態に呆れつつも、感心していた。
「この天下泰平は、野に遺賢なしを実現したリーダーの功績です。小さなアマガエルの僕にも知力を与え、強くしてくれた」
「以心伝心に頼らないように心がけているんだ。自分以外他人だからな」
「リーダーはリーダーとしての役割、そして難しさを自覚しています。だから部下も部下としての役割、難しさを自覚しなければならない」
「一人でも多くそう思ってくれるおかげで、立派な意見が捨てられることもなく、有能な者が燻ることも少なくなる。そうなれば、芸術も栄えていくはずだ……よし、とりあえず乾杯するか」
ケロケロと、二人は干しコオロギを肴に乾杯をした。
……良い加減に仕上がってきた二人の会話は、先ほどの玄関に鍵が挿しっぱなしだったことに及んだ。懐刀(ふところがたな)の参謀役が尋ねた。
「しかし、理想としてはどうなんでしょうか。誰かが親切心で、鍵を保管してくれた方が安全だったのでは?」
「一番の理想は『誰も気づかなかった』ということだ。だから今回は、真実はわからないが理想の形に近いよ」
「追求はしないんですか?」
「しない。意味がない。害が無ければ大丈夫だ。自分の気持ちを晴らすためだけの追求をしても、恨みが残るだけだ。ぐっと我慢だよ。じきに慣れるさ」
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【 カエルの街ケール 】
https://1001kick.com/3839/
【 井の中の蛙 大空を知る 】
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【 野に遺賢無し 】
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