posted : 2023/03/30

【具鷲小説とは】
作者の構想力と読者の想像力によって、顔、声、性格などを意のおもむくままに描写し、読者それぞれ独自の想像世界を構築させることを目的とする散文学。読者は、文字だけで世界を構築できることに希望を抱き、自分の想像力があれば宇宙の果てまで行けることに驚嘆する、かもしれない。
〔具鷲辞典零版〕

無尽蔵の芸術と欲


断崖絶壁ながら風光明媚、山紫水明な景色の映える古寺で修行を積んでいる坊主がいた。そこへ都会から、長年の悪友二人がしばしばやってくる。一升瓶を持って。

坊主が、一方のちょんまげ姿の都会人に尋ねた。

「都会ではまだ、ひどい風邪が流行っているのか?」
「ああ、だがもう慣れた。このまま一つの文化として落ち着くんだろう。非日常も続けば日常さ」

そしてもう一方の小太り気味の都会人が下腹をぽんと叩き、一升瓶から徳利に酒を注いだ。ちょんまげ姿がそれをつまみ、坊主の持つおちょこに、まあまあ、と気狂い水をなみなみと注いだ。おっとっと、と坊主が嬉しそうに言った。

「山奥の冬は雪が積もって大変だった。ようやく穏やかな日差しになってきたと思ったら、お前たちが来た」
「当たり前だ。寒いのにわざわざ出向く必要はない」
「都会は居心地がいいからね。火燵から出られないよ」

坊主の舌打ちが乾杯の合図となり、宴は始まった。

しばらくすると三人の集まる部屋に「にゃあ」と鳴く大きな猫が、ぬっと入ってきた。ちょんまげ姿の都会人が、ふてぶてしい猫を横目で見ながら顎で指した。

「相変わらずでかい猫だ。やっぱり虎じゃないのか」

すると坊主が、急に猫撫で声になって、

「そんなことどうでもいいよねえ。太っていた方が可愛いもんねえ、トラさん」

と、猫を撫でた。大きな猫は、ゴロゴロと喉を鳴らした。小太り気味の都会人が自分の下腹をぽんと叩いた。

「そうだ、来る途中に美味しそうな菜の花が咲いていたから、持ってきたんだった!」
「くぅ、それは用意周到だ。天ぷらにでもしてくれ!」
「油はあるのか。お前修行中だろう。不良坊主め!」
「それくらいはあるよ。鍋もある。たまには好きなものを必要な分だけ食べる。いい塩梅でな」

……楽しい時間はあっという間に過ぎる。時の流れが一定でないことは、三人にもわかっていた。一升瓶も空になった。みな、結構いい感じだった。

「とりあえず寝よう」
「今日はもう死のう」
「明日また生きよう」

と、酔っ払い三人は気持ちよく寝た。そして朝になった。春眠暁を覚えず。寝過ごした都会人二人は、予定もあったので早々に山を降りることに。早起きの坊主は、二人をふもとの橋まで送ることに。

……道中も三人は、話に夢中になった。ふもとの橋もいつの間にか渡っていた。そして少し先の曲がり道を進むと、季節を謳歌する菜の花が咲き乱れていた。棒立ちになった坊主が口を開いた。

「自然の音色が耳に入れば音楽にもなるし、自然の絶景が目に映れば絵画にもなる。どれだけ見聞きしても誰もとがめない。なくなることもない。金もいらない。これこそ、天が与えた無尽蔵の芸術だ。いや、厳密に言えば、尽きることはあるのかもしれない。しかし、俺たちごときの存在では、ほとんど永遠に近い」

小太りが、自分の下腹を指でつまみながら言った。

「自然もいいけど、都会の造形も洗練されているよ。人にも無尽蔵の欲があるから、世の中も無尽蔵に便利になっていくのかもね」

すると、「にゃあ」と後ろをついてきたトラが鳴いた。坊主は何かに気づき、「しまったあ!」と頭を抱えた。都会人の二人が、やれやれといった感じで声をかけた。

「どうしたの?」
「修行が終わるまで渡るまいと決めていた橋を、また渡ってしまった」
「本当はもう修行する気なんてないんだよ」
「このまま都会へ帰ろう」

小太りとちょんまげが坊主を誘ったが、坊主は笑みを浮かべて首を横に振った。

「いや、まだやることがある。都会へは、頃合いを見て戻るとするよ。修行の邪魔だからもう来るなよ」
「何が修行だ。早起きくらいだろどうせ」

三人は顔を合わせ、ふふんと笑った。それじゃ、と軽く手を上げ悪友たちは別れた。ちょんまげ姿と小太り気味は小走りで都会へ。坊主は歩いて古寺へ。

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