
三人の悪友
「ところで都会では、ひどい風邪が流行っているんだって?」
「お前さん、こんな山奥で、よくそんな情報を知っているな」
「ああ、トラから聞いた。最近、動物と話せるようになってね」
ある三人が断崖絶壁の山奥の古寺にいた。一人は修行中の坊主。
残りの二人は坊主と長年の悪友で、都会から遠路、山奥まで来た。一升瓶を持って。

「まあ飲めよ」
ちょんまげ姿の都会人の一人が、坊主に酒を注いだ。
「虎と話せるなんて、ついに超能力を使えるようになったってか」
もう一人の小太りの方が、大げさに驚いておどけた。
乾杯、と三人は再会を祝った。
修行中の坊主にとって、久しぶりの酒は、五臓六腑に染み渡った。
「うますぎる。これが身体に悪いだなんて、とても思えないな」
「過ぎたるは猶及ばざるが如し。ほどほどならいいんだよ」
「そうそう、今はひどい風邪のせいで、都会では酒すら気軽に飲めなくなっちまった」
だから山奥まで来たんだ、と三人はまた乾杯した、
「ところで坊主、修行中の身でこんなに堂々と飲んでいいのか」
「大丈夫だ。この山には俺しかいない。」
「ふふふ、不良坊主め」
「酒持って辺鄙な所へ来たのはお前たちだろうが」
「わははは」と大笑いして、また乾杯した。

楽しく飲んで酒も空になった。
「もう酒も水も変わらないな」と三人は、今度は水を飲みながら、東の空が白むまで話し込んだ。
「よし、そろそろ帰ろう。明るくなってきた」
「そうだね、よっこらしょ」
「橋の手前まで、送っていくよ」
酒は抜けてきたとはいえ、眠気も相まって千鳥足の三人だった。
かと思えば、途中で肩を組んで歌い出す三人でもあった。
しかし、山には他に誰もいなかったので、朝早くても咎められることはなかった。
三人は、また話に夢中になってしまい橋の向こうまで辿りついた。
*
そこで、のっそりと何か横切った。
小太りの都会人が、
「まずい、虎だ」と、つぶやいた。
「大丈夫だ。太った猫だ。見ろ」
「にゃーん」と、驚くほど大きな猫が、坊主に近づいて喉を慣らしていた。
「エサもないのに、よく懐いたな」
「心で通じ合うと、仲良くなれる」
坊主は、猫の喉を撫でながら、
「おい、トラさん。この橋を渡っちゃいけないっていう約束だろ」
動物に触れるときに声の変わる感じで、坊主は優しく猫を諭した。
すると、「にゃあ」と、トラが坊主に呼びかけた。
坊主はハッとし、
「そうだった。しまった」と頭を抱えた。
「どうしたの?」
「橋の向こうはもう都会だから、絶対にこの橋は渡るまいと心に決めていたんだ。それなのに、うっかり渡ってしまった」
坊主は再び頭を抱えた。
悪友の二人は、
「もうこのまま都会へ戻ろう」
と誘った。
坊主は少し悩み、そして答えた。
「いや、やっぱり戻るよ。自分との約束は守りたいんだ」
「橋、渡っちゃったけどね」
「たまにはそういうこともある。軸をしっかり保てばいい。さあ、修行の邪魔だからもう来るなよ」
と、坊主が微笑むと、
「オーケー、また良い酒が入ったら持って行くわ」
と、ちょんまげが返した。
「クソッタレ」
と坊主が捨て台詞を吐くと、三人は顔を見合わせて、また笑った。
それじゃ、と、三人は別れた。
二人は、都会へ。一人は、山奥へ。
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