posted : 2022/01/16

【具鷲小説とは】
作者の構想力と読者の想像力によって、顔、声、性格などを意のおもむくままに描写し、読者それぞれ独自の想像世界を構築させることを目的とする散文学。読者は、文字だけで世界を構築できることに希望を抱き、自分の想像力があれば宇宙の果てまで行けることに驚嘆する、かもしれない。
〔具鷲辞典零版〕

〜 グコーじいさん 〜


「にゃあ」と鳴く虎が住む断崖絶壁の山を二つ越えたところに村があった。グコーじいさんもそこに住んでいた。物心ついた頃から、山を大きく迂回しなければならない道のりに苦しんでいた。

「生まれてからこの方、さんざん遠回りしてきた。ああ、腹が立つぞい」

グコーには、一人娘がいた。若い頃に村を離れ、街に下りて嫁いだ。孫にも恵まれた。

新年、娘が久しぶりに村を訪れた。玄関をまたいで開口一番「ああしんど」と言った。山を迂回して来た者の挨拶だ。年始の挨拶よりも重んじられる。

「本当にあの山、邪魔ね」

中年になった娘が、ふうふうと息を切らせていた。

「このくらい歩かんと体力もつかんよ」
「都会の人間からすると、ありえない道のりですよ。肺の弱かったお母さん、あの山のせいで……うう。子どもたちも億劫がって来やしない」
「街にはないモノが、ここにはあるんじゃがのう」
「ここにはないモノが、街にはたくさんありますよ。お父さんだってわかっているくせに。腹立つわ」 

……翌朝、娘が起きると、グコーはすでに家を出ていた。
机の上には書き置き一枚。

〜 山を貫通させる 〜

「お父さん、きっとボケたんだわ」

晴れてはいても、新年のカラっとした寒さはピリリと身に沁みる。小太りの娘は厚着をして、山の方へと急いだ。

途中、ばったり会う知人たちに挨拶をしながら、ようやく山の入口にたどり着いた。

グコーは真冬にも関わらず、半そで姿でツルハシをふるっていた。

「お父さん。いくつだと思ってるの。死んじゃうわ」
「まだ91じゃ。100までは動ける。やることない方が死んでしまうわい。長年我慢してきたが、もう我慢ならんのじゃ!」

……それから毎日、グコーは横穴を掘り続けた。
周囲には老いの身でできるわけがないと嘲笑する者もいた。

「おい、ジジイの生きている間には絶対に無理だぞ」
「だから何じゃ。子や孫、ひ孫の代までかかれば、いつかは貫通できる。1ミリでも掘れれば、長年苦労してきた気持ちも晴れるわい。それでワシは面白い」

……それからも毎日、グコーは横穴を掘り続けた。その狂気じみた熱意に感化され、一緒に横穴を掘る弟子さえも現れた。

ある日、巨大な岩盤にぶち当たった。それでもグコーは構わずツルハシをふるったが、一向に前に進めなかった。

一人二人と次々に諦めて帰っていった。報酬もないし仕方もない。そして最後に残った弟子が、グコーに尋ねた。

「先生はなぜ、掘れない穴を掘ろうとするのですか」

グコーはツルハシを置き、弟子を手招きした。
そして足元に落ちていた1ミリの粒を見せた。

「穴は掘れている。今の一振りで削れたカケラじゃ」

最後の弟子はあぜんとし、穴を出て行った。

……それからも毎日、グコーは横穴を掘り続けた。誰もいなければ、一人でやればいい。

ある日、横穴の入口に、30cm程度の小人がいた。

「どうも。私は時の旅人。自分の代では無理そうなのに、毎日トンネルを掘っているのは、あなたですね」

グコーは頷き、構わずツルハシを手にした。すると時の旅人が、

「この機械をお使いなさい。一台で何万人分もの力が使えます。日が暮れると消えますから、今のうちに」

言われるままにグコーが機械を動かしていると、最後の弟子が仲間を大勢引き連れて戻ってきた。すると時の旅人は、多種多様の機械を小さな袋から取り出した。

そして日が暮れるまでに山は貫通した。街への横穴がついに繋がったのである。

「これで便利になるぞい。それにしても、山を掘るのは面白い。次は反対側の横穴でも掘りに行くか」

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