ペキオ
ここではない世界で、ペキオと呼ばれて親しまれていない社会人がいた。
自分にも厳しいが他人にも厳しく、一つのミスも見逃さない。
おや、また何か同僚のミスを指摘している様子だ。
「このくらいええがね」
「駄目です。規則です」
「こっちだって完璧じゃないんだでさ」
「それならトップに掛け合ってみたらいいでしょう。どちらが正しいかは、明白です」
「ペキオ、正しいより、楽しくいこまい」
「ナレオ、私は、正しく生きたいのです」
わかったわかった、と同僚のナレオは書類を書き直した。
人望はあまりないペキオだったが、自分の仕事も抜かりなくやるので、誰も文句を言えなかった。
あるとき、リスクの高い仕事が舞い込んできた。失敗して赤っ恥をかけばいいという下心が見え隠れする期待の眼差しが、ペキオに集まった。
「ペキオ、やってくれるか」というトップからの呼びかけに、
「わかりました」と完璧主義の男は答えた。
*
与えられた仕事は「正しい取引を行う」。
ただそれだけ。
しかし、相手はこれまでも約束を破ったことがあったから、今回も約束を守るかどうかは疑問だった。
向こうが差し出すと言っているのは、ある土地と周りの海域。
珍しい金属の豊富な土地が手に入れば、長年の計画が早期に実現するだろう。
反対に、相手の欲しいモノは「ある情報」である。
それは、ペキオの働く会社が開発し、保持している。
それを半独占させろという。
ようは「土地をやるから他には黙ってろ」という話だ。
反対意見も多い中、結局は相手の会社で交渉することになった。
その会社は玄関から汚かった。
観葉植物はすべて枯れていて、土もカラカラだった。
付き添いに任命された同僚のナレオが、「こりゃわやだがね。ポトスが干からびとる!」と叫んだ。
ペキオは人差し指で眼鏡を押し戻して言った。
「先行きは怪しいですが、トップがリスクを判断しての直談判です。まずは正しい取引を優先しましょう」
*
ペキオとナレオが正面から入って受付に向かうと、美人ではあるが、へべれけの女性が机に伏していた。
「ほろ酔いの美人に期待し泥酔した美人に失望する」とナレオが名言調に呟いたが、ペキオは無視した。
ほろ酔いの程度を越えた受付嬢に案内された先には、同じく適切な酒量でない様子の相手がいたが、ペキオは無表情で交渉を進めた。
ナレオは始終、場の空気を和らげようとしていた。
しかし努力むなしく、話はズレていった。
肥沃な土地との交換は有耶無耶にされ、大切な情報を見合わない金額で買い取られそうになってしまったのである。
ペキオとナレオは目配せをして、なんやかんや理由をつけ急いで席を立った。
相手は恫喝してきたが、フラフラで誰も追いつけなかった。
玄関付近にも敵の社員たちが立っていたが、ペキオは落ち着いて前に出た。
「私は完璧な仕事がしたい。完璧の『璧』は、下が土ではなく、玉。つまり宝。私はこの情報という宝を、約束を守らない者には絶対に渡さない!
だから邪魔だ……どけ!」
士気の低い社員たちは、ペキオの気迫に道を譲った。
そして二人は無事、自社に戻った。
*
「交渉決裂でなんの得にもならんかったです」
「大変申し訳ありませんでした」
二人はトップに頭を下げた。
ペキオを疎ましがっている者は同情の表情を浮かべ、心底では喜んでいたが、トップは頭を下げる二人の肩に手を置いて言った。
「リスクは承知の上で、やる価値のある交渉だった。何も恥じることはない。そして、最後まで約束を守り通そうとしたお前たちの姿勢こそ、完璧だ」
程なくして、二人は順に出世した。
回り回って会社の信用も上がり、業績も伸びて、めでたしめでたし。
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