デス代
ある都会に、デス代という不細工な女がいた。人生は才能で決まると思い込んでいて、美しい女を見ては羨み、自分の手入れは怠るばかり。ついには前歯も一本抜け落ちてしまった。
「はあ、うらめしい。全部環境が悪いのよ。あたしはこんなに頑張っているのに」
デス代はこたつに入って悪態をついた。
そして、コンソメ味のポテトチップスを素手で掴んでは口に入れ、指についた油をこたつの布団でぬぐった。
「親が悪いのよ。こんな顔に産んだのは、親のせい」
デス代はコーラを飲み、仕上げに指を口の炭酸でぬぐった。
そして悪態は、学生時代にまでさかのぼった。
「勉強しても成績が悪かったのは、先生のせいよ。あたしはあんなに頑張ったのに」
*
不細工もいれば美人もいる。
たとえばセイコ。
振り返れば国が傾くと評判の美女だった。
しかし病弱だったせいで、普段からマスクをつけて生活していた。
そこから覗く愛嬌ある目元は、多くの男たちを魅了した。
あるとき持病による発作で、セイコが胸を抑えてうずくまったことがある。
セイコの元には何人もの男が駆け寄り、「大丈夫ですか?」と口々に声をかけた。
ひどい風邪がしばらく流行り、人々の距離感が遠かった時期にも関わらず、である。
しかし、
「あんたたち、汚いからセイコに近寄らないで」
と、男たちを遠ざけたのはデス代であった。
セイコとは、幼馴染でたまに会う仲だった。
「男って不潔だから嫌なのよ」
「いつもありがとう、デス代ちゃん。コホン」
「ああ、セイコ! 大丈夫?」
デス代は、フレームだけのオシャレマスクから、青白く弱々しいセイコに飛沫を浴びせた。
*
デス代は出会いを求めていたが、うまくいっていなかった。
また悪態をついて道を歩いていると、30cm程度の小人が目の前にいた。
「やあ、私は時の旅人。これをおかけなさい。日が暮れるとレンズは消滅しますから、今のうちに」
時の旅人から手渡されたのは、セルフレームの洒脱な赤縁の眼鏡だった。
デス代はそれをかけ驚いた。
「あたしから赤外線っぽいのが何本も出てる!」
「あなたが本気になれば、今、それだけのご縁があるということです」
デス代は、自分から出ている赤外線っぽいのが、思いの外多かったことに安堵した。
*
早速デス代は、セイコの発作の真似をして、胸を抑えて咳込んだ。
こんなに多くの縁と繋がっているのだ、軟弱な女を演出すれば、馬鹿な男どもが間抜けな顔をして、ノコノコとやってくるに違いない、と思い込んでいた。
しかし、デス代は前歯が抜けていたせいで、世にも奇妙なブシャリブシャリという咳の音になってしまった。
また、マスクはフレームだけだったので、周りの人は遠ざかっていった。
デス代はふと気づいた。
先ほどよりも赤い線が少なくなっていることに。
これはどういうことかと戸惑っていると、時の旅人が現れてこう言った。
「道理に合わない行動をすれば、縁は切れます」
「どうせあたしには無理だったのね」
「前向きな行動を一つでも起こしてから、諦めてはいかがでしょうか」
「今さら何をしていいのかわからないわ」
「目の前の問題からコツコツ片付けましょう。まずは歯を直して、髪の色を暗くして。あと、みかん食べ過ぎじゃない? 肌が黄色になっていますよ」
「私は中身で勝負よ。外面なんて気にしないわ」
「中身の一番外にあるのが外面です。外面を気にしないのは、中身もまた気にしていないということ。つまり、他人の気持ちを理解しようとしないまま、自らの意思で、縁を一つずつ切っていることになります」
*
後日、デス代に歯が戻った。
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