【具鷲小説とは】
作者の構想力と読者の想像力によって、顔、声、性格などを意のおもむくままに描写し、読者それぞれ独自の想像世界を構築させることを目的とする散文学。読者は、文字だけで世界を構築できることに希望を抱き、自分の想像力があれば宇宙の果てまで行けることに驚嘆する、かもしれない。
〔具鷲辞典零版〕
断崖絶壁ながら風光明媚な山奥の古寺で修行を積む坊主が一人いた。そこに二人の友人が時折尋ねてくる。一升瓶を持って。
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具鷲小説18 〜 三人の悪友、悪を語る 〜
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「おい、不良坊主、酒を持ってきたぞ」
「もう来るなって言っただろ。修行の邪魔だ」
「お邪魔しま〜す」
遠慮なくずかずかと古寺に入ってきた二人の都会人。一人はだいぶ前に隣街へ移り住み、ちょんまげ姿で洒落た格好をしている。もう一人は小太りの都会人。ちょんまげ姿からは、「中途半端な都会に住む怠惰な人」と評されている。不良坊主も元々そこに住んでいたが、ある日を境に、山へ登って修行の道を選んだ。そんな坊主が二人に話しかけた。
「で、何の用だ?」
「とりあえず乾杯しよう。天ぷらも揚げるから、油を借りるよ。おい坊主、火を起こしに行ってくれ」
小太りの都会人は、おちょこを取り出し前に差し出した。そしてちょんまげが一升瓶から酒を注ぐ。ほどなくして、火を起こしに行った坊主が、飼い猫と呼んでいるトラと共に帰ってきた。都会人はトラにいつも驚く。
「相変わらずデカい猫だ」
「本当に猫なのかな」
「野暮なことを言うな。ねえ、トラさん」
と、猫撫で声でトラの喉を坊主が撫でた。「にゃ」と、トラがふてぶてしく言い、喉を鳴らした。
「おい、お前さんたち。和を以って貴しとなす、というだろう。ある国の憲法では、これを第一条に持ってきている。調和が最も大切である、ということさ。俺とトラさんは調和している。つまらないこと……」
と言った側から、手を甘噛みされて坊主は少し出血した。大丈夫かい、と小太りが心配した。坊主は意に介さず、とりあえず乾杯だ、と構わず杯を交わして続けた。
「調和すれば信頼が生まれる。そうすれば、もう余計なことはしなくても済む。契約書は無くなり、値段の交渉もいらない。親友相手に悪どいことはできないだろう」
「自分が困窮している場合はどうかな?」
「それは問題じゃない。何事をも打ち明けられる友に、悪どいことをする関係は、親友とは矛盾する」
「嫉妬が絡んだ場合はどうだ。たとえば、絶世の美女を射止めたことを自慢してきたら」
「親友は羨ましがりながら、その喜びを分かち合える。お前もあのときそうだったじゃないか!」
「まあそうだけども」
「ちょっとちょっと」
三人は大笑いし、おちょこを当て、台所へ向かった。
「時には裏切られることもあるだろう。でも、親友なら許してやれよ。お前なら許すってな」
「裏切りは悪どくないのかい?」
「理由とその時の気分によるさ。お、油も熱くなってきたようだぞ。ほれほれ。畑で育てたオクラにナス、今年は珍しくカボチャもある。絶対にうまいぞ」
「ああ、あらよっと」
食いしん坊の小太りは酒を飲み、その場で欣喜雀躍とステップを踏み、天ぷらを揚げる坊主に問いかけた。
「悪と悪どいは違うのかな」
「悪の程度による。悪どいやつは、もうどうにもならない。増えることもなければ減ることもない。ずっといる。しかし、大悪人にはなれない。大悪人はそれなりに筋が通っているから大物になれる。調和と信頼のない悪人は、所詮中途半端な悪でしかない。たとえ力を持ったとしても、すぐに凋落する。恐るるに足らず。しばらく我慢していればいいだけさ。こちらの技術は勝手に高まって行くし、時間の融通も効く」
ふと、小太りが思いついたように言った。
「そういえばあの大悪人、親友に裏切られて牢屋にブチ込まれたけど、あの人自身が親友を裏切ることは、ついぞなかった。ねえ、果たしてそれは、悪なのかな」
「少なくとも言えることは、善人も怖いってことさ。嘘をつけないからな。お、旬の天ぷらが揚がったぞ。食べよう。で、お前ら、何の用だ? 漬物もあるぞ。ほれ」
と、坊主は都会人の二人に勧めた。
「ひどい風邪による疑心暗鬼が収まったから、祝いに来たんだ」
「修行中の俺には関係ないだろ」
「何を言っている。俺たちに関係あるんだから、お前にも関係あるよ。和を以って貴しとなす、なんだろう?」
三人は何度か乾杯をしながら、一升瓶を数時間かけて飲み干した。そして今日も夜が明けて、鶏が卵を産んだ。
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