ウジオとアタイ
ウジオと呼ばれる男が、アタイと呼ばれる女に恋をしていた。
アタイは嫌がる素振りを見せながら、自分が求められることに対しては喜びも感じていた。
この強気な女は調子に乗っていた。
ほの暗い地下の独房で百晩寝られたら、「会ってあげてもいいわよ」と、従順な男と少し意地悪な約束をしたのである。
はたしてウジオは、家から地下の独房に毎晩通った。
そして朝になると入口の扉の外に、証拠の印をつけていった。
「こんな僕ですが」と一文添えて。
*
愛嬌は美貌に勝る。
アタイは強気だったが愛嬌もあった。
愛嬌さえあれば、美貌の評判もついてくる。
「どうでもいい男には無理難題を突きつけるのよ!」
アタイは、思いを寄せてくる男たちの自分への恋愛感情が、どのくらいあるかを計っていた。
この男はこのくらい、あの男はあのくらい。
いくらアタイを好きでも、地下の独房に百夜も通うのは困難を極めた。
五十夜通うことすら、全体の一割に満たなかった。
「恋の情熱は、いつか燃えてなくなるわ」
*
その中でもウジオは、地下の独房へ毎晩通い続けた。
八十夜を超えたくらいには、アタイもウジオが気になり始めていた。
九十夜を超えたときには、胸が高まっていた。
日が落ちると真っ暗闇の地下の独房で、最後の晩になった。
そして夜が明けた。
*
はたしてアタイは、最後の印を確認しに行った。
よくがんばったわね、と労うべきか、いつもの調子で厳しくするべきか。
アタイは胸を躍らせて、地下の独房へと続く階段を降りていった。
しかし、最後の印は見当たらなかった。
アタイは九十九夜欠かさず残された印とウジオの一文を見返し、当初はどうでもよかった男に胸を詰まらせた。
ウジオは事情あって、目的達成最後の晩には地下の独房へ行けなかった。
だから、試しに翌日に行ってみた。
そして昨日の分、今となっては無意味な行動に思える一晩を明かそうと入口の扉を開け、呟いた。
「ああ、あと一日だったんだけどなあ」
すると、階段の方からアタイの声がした。
「どういう事情があったのよ」
ウジオは、目の前に現れたアタイにとても驚いたが、おろおろとしながらも言い訳を述べた。
「実は、かくかくしかじか……」
「……それは大変だったわね」
「でも、約束を果たせなかった自分の負けです。どうせ僕には無理だったんです」
「今度、会ってあげてもいいわよ」
「え?」
ウジオは耳を疑った。
アタイが続ける。
「ウジオのこと、今は信用してるわ。確かに約束は果たせなかったけど、それで積み上げたものがゼロになるわけじゃない。アタイは、心を見たかったの」
*
二人が会う約束をした日、ウジオとアタイは、評判の菓子「ウージー」を食べに行った。
案の定、行列ができていた。
少し離れたところから繁盛店を眺めていた男が微笑を浮かべ、意気揚々と去っていった。
二人は最後尾に並んだ。
アタイは並んでいる間に、名前の似ているウージーとウジオに関係はあるのかを聞いたり、自分のウージー観などを語った。
そして話は百一夜目の邂逅にさかのぼった。
「最後の夜にウジオが来てなかったとき、アタイ、妙に切なくなっちゃったの。それで試しに次の日も様子を見に来たら……いたじゃない(笑)」
「せめて自分だけは納得させようと地下の独房へ行ったら、結果、意味のある無意味な行動でした(笑)」
二人は顔を見合わせて笑った。
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