オーキシ、友と会わず
ある街で『ウージー』と呼ばれる菓子が人気だった。
不思議な色で、不思議な味をしていた。
先の方が不味く、根元の方が美味かった。
量は絶妙だった。
あるとき、ウージーの美味しい部分だけを切り集めたと噂の『ウージーの根』が販売された。
しかし売れ行きは、当初目論んだほどではなかった。
市場調査で、驚くべき結果が判明した。
ウージーファンの一定数は、不味い方も含めて楽しんでいたらしいのだ。
たとえば、こんな声も届いている。
「後からおいしい思いができるっていう信用があるじゃない? だからアタイ、ウージーのすべてが好きなの。我慢して、先から順に食べていくのよ!」
ウージーを作ったのは、タイキという名の小柄な青年だ。
地元に店を構え、ほぼ毎日ウージーを作った。
ちなみに、いいとこ取りの『ウージーの根』は、タイキ本人ではなく別の会社が考えたものだ。
*
タイキには、幼馴染の友人がいた。
名はオーキシといって、少し前まで船乗りをしていた。
今は海を隔てて住んでいる。
二人にとって物理的な距離と精神的な距離は関係なく、SNSなどの互いの近況へ、しばしば生存確認し合うので充分だった。
あまり雪の降らない街に何度も雪が降った年だった。
その最後の大雪の晩。
オーキシは、友人のタイキに会いに行こうと、ふと思い立った。
そして、高速の移動手段ではなく、特に考えもなく舟で行くことにした。
久しぶりの航海が悪天候だったこともあり、オーキシは船酔いに見舞われた。
甲板で休んでいると、30cm程度の船員が近づいてきた。
「これをお飲みなさい。すぐに直りますよ」
「生きるか死ぬかのときは助けてもらいたいが、ひさびさの平衡感覚の鍛錬になりそうだから大丈v……」
と言いかけて、オーキシは吐いた。
そして笑った。
「ずいぶん甘えた身体になったようだ。たまにはムチを打って厳しくしないとなあ。はは……おえ〜」
小さな船員は呆れた様子で、青白い顔のオーキシの背中をさすった。
*
朝になった。
舟は、オーキシの故郷へ着いた。
港の役人が不思議そうな顔をしていた。
「今どき舟で来る物好きもいるんだね」
「最短移動が必ずしも最良の手段とは思わないんだ」
「今日舟で帰るなら、あと一便しかないからね」
地上に降り立ってからも、オーキシの足元はおぼつかなかった。
そのすぐ横を、小さな船員たちが安定した足取りで追い越して行った。
オーキシは、港から街に向かってよろよろと歩いた。
懐かしい道のりだった。
しばらく進むと繁盛店があった。
タイキの店だった。
中でハツラツと切り盛りする友人を見て、オーキシは口角をあげた。
そして、
「ふふん。まあいいっか」
と鼻を鳴らし、さっと踵を返した。
*
オーキシは、行きの舟での夜食として、ウージーを持ち込んでいた。しかし、船酔いで食べられなかったので、帰りの舟で食べた。今度は平気な様子のオーキシに、船員が声をかけた。
「そのお菓子、根元はおいしいですよね」
「まあね。でも、先の不味さがあってこそさ。冒頭のアタイも言っていただろ?」
「よくわかりません。いい所だけでいいのでは?」
「おいしいだけだと、すぐに飽きちゃうよ」
「ところで、お友だちには会えたんですか?」
「顔を見ただけだ。それで充分。特に約束もせず来たのだから、会わずに帰るのもいい。思いつきの旅は、道中が面白いんだ。君らとも仲良くなれたしな」
*
オーキシは、自分の家に手ぶらで戻った。そして通販で、またウージーを注文した。
「何をやっているんだ、おれは」
と笑った。
そして寒い冬は明けた。
春である。
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