コックコート

posted : 2022/08/18

ある世界のある時代に、ウージーという評判の良い菓子があった。それは不思議な味をしていて、先の方が苦く、根元の方が美味かった。作り手の名は、タイキ。小柄な青年で、ほぼ休みなくウージーを作り続けていた。

菓子の作り手になる前のタイキは飽き性で、何をやっても長続きしなかった。その免許の試験前日、「落ちるのが怖いから止めたい」とタイキは母に弱音を吐いた。母は服を作る機械で布を織りながら、息子を叱咤した。
 
「アンタ、何をトロくさいこと言っとんの。いい加減にしとかないかんよ。習い事を綺麗に止められるのは学生時代しかないんだから、最後までがんばりなさい!」

タイキはまだグズグズしていた。すると母は、服を作る機械をガシャンと止めた。
 
「この服だって完成しなきゃ役に立たん。出来不出来は関係ないわさ。やり切ったっていう達成感を、学生時代に味わってほしいの。それ以後は挫折感も伴うわよ!」
「でも、これだけ頑張ったのに、落ちたらどうしよう」
「試験なんてゲーム感覚でいいのよ。辛いと思うから辛くなる。その止めたい気持ちは、緊張しているだけかもしれない。努力放棄して逃げるより、戦って負けた方がよっぽどマシよ。死ぬわけじゃない。あ、戦争は別よ」
 
タイキの母は、服を作る機械を再び織り出した。タイキは自室に戻り、最後の追い込みをかけた。
 

 
果たしてタイキは、なんとか試験に合格した。
 
「これで自分の好きな菓子が作れるよ」
「アンタは自分の意志で、自由を手に入れたのよ」
「物事を最後までやり切ったおかげで、自信がついたような気もする」
 
タイキの母は、完成した服を披露した。
菓子職人を目指す息子のために、丈夫な縫製のコックコートを作っていたのだ。

「無駄にならんくてよかったわ。もったいないでね」

タイキにはオーキシという古い友人がいる。タイキは菓子作りの修行期間中、ウージーの試作品をオーキシに食べてもらっていた。
ちなみにオーキシは、今は海を隔てて住んでいる。
 
そしてついに、タイキは自分の店を構えることになった。もちろん、ウージーが目玉だ。オーキシもまた、遠いところからお祝いに駆けつけた。
 
「タイキ、立派な店じゃないか」
「ああ、ようやくスタートだ」
「ウージーはクセになる不思議な味だ。量も絶妙だ。きっと売れる。学生時代の怯えたタイキはもういない。過去を振り返ってみて、逃げなくてよかったと思えることは、嫌なことじゃなかったんだよ」
 
と、オーキシが微笑んだ。タイキも笑顔で返す。


「緊張していたんだろうな。緊張したらダメだと否定するから、余計に緊張してしまう。緊張を受け入れてからは、ずいぶんと楽になったよ」
 
タイキは母からもらったコックコートを長年着ていた。しかし大分ボロボロになっていたので、そろそろ新調しようか、とも考えていた。母は、清潔にすることは誰にでもできる努力の一つだ、とよく言っていた。
 
だが結局、ボロボロのコックコートは新調しなかった。その代わり、補修技術を駆使して洒脱に仕上げた。
清潔であれば、古さは味になる。

程なくして、ウージーは人気商品になった。根元に行くにつれ美味くなる不思議な味は、ある一定のファンの心を掴んだ。先の苦さあっての根元の美味さなのだ。ウージーは、厳しくも優しい味だった。
 
洒脱なコックコートを着たタイキが店を切り盛りしていると、オーキシから通販で注文が入った。
 
「ふふん、アイツ、たまには顔出せばいいのになあ」
 
タイキは、海の向こうで待っているだろう大柄な友人のために、ウージーを作り始めた。

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参考
【 オーキシ、友と会わず 】
https://1001kick.com/4077/

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