posted : 2022/07/22

【具鷲小説とは】
作者の構想力と読者の想像力によって、顔、声、性格などを意のおもむくままに描写し、読者それぞれ独自の想像世界を構築させることを目的とする散文学。読者は、文字だけで世界を構築できることに希望を抱き、自分の想像力があれば宇宙の果てまで行けることに驚嘆する、かもしれない。
〔具鷲辞典零版〕

〜 井の中の蛙 大空(たいくう)を知る 〜


あらゆるカエルの住むケールと呼ばれる街があった。街を治めるのは、肝の座ったヒキガエル。多くのカエルからリーダーと呼ばれ、親しまれていた。

町外れの北には水の川が流れ、南には火の湖が佇んでいた。

あるとき、長い雨が続いた。南に燃える火の湖は勢いを失なったが、北を流れる川は氾濫した。汚れた水が、街に迫った。

「もっとエサが取れる」

と河原から逃げずに欲ばったカエルもいたが、流された。その全員が、ケールで生まれ育ったカエルだった。彼らは、街の暮らしに不満を抱いていた。

そのあと、日照りも続いた。南に燃える火の湖は勢いを増し、飛び火して街に迫った。

一方、北を流れる川は、依然として氾濫したままだった。ケールのリーダーは、東の山の高台から街を見下ろして唸った。

「晴れても引かない水なのか」
「この川は、源泉から次々と流れてきます。際限がありません」

と、参謀のカエルが危機を案じた。街は南からの洪水と、北からの火災に、じわじわと挟まれつつあった。

人気のない街の中央には白い広場があり、カエルではない人が立っていた。リーダーが率先垂範(そっせんすいはん)して向かうと、30cm程度の巨人が待っていて、口を開いた。

「やあ、私は時の旅人。水と火に悩まされているのは、この街ですね」

リーダーが頷いた。時の旅人が続ける。

「貪りの水源はあふれ、怒りの火種は、くすぶり続けます。無くそうとすれば、争いが起きます」
「では一体どうすれば……」
「有ることを認め、制御すればいいんです。強靭な堤防を設置できる機械を、いくつか差し上げます。日暮れには消えますから、早めに使ってくださいね」

リーダーは早速、指示を出した。

時の旅人から提供された機械たちは、ほぼ自動で動き、信じられないほどの作業効率を発揮した。強靭な堤防で火の湖を囲い、北の川を制御するのだ!

湖に続く道は、火中(かちゅう)の栗を拾いに行く様相だったが、機械たちは平然と南へ進んだ。そして強靭な堤防を設置し、火を抑えた。

一方、機械たちは氾濫した北の川を堰(せ)き止め、水を抑えた。そして強靭な堤防で川の流れを安定させた。こうして日暮れまでに、南北の要所に強靭な堤防を設置できたのである。

……東の山の古井戸に、一匹のアマガエルが住んでいた。あるとき、上から見下ろしてきた者たちから、ゲロゲロとからかわれたことがある。

「狭い井戸の中で甘えていないで、ちゃんと働けよ」
「お前はいいなあ。気楽そうで、悩みもなさそうだ」
「まさに井の中の蛙 大海を知らず、だがね」

井戸のアマガエルは泰然自若(たいぜんじじゃく)として反論した。

「僕がいるから『ああはなりたくない』と明日のために頑張れるんじゃない? 感謝してもらいたい。君らこそ、もっとちゃんと働いたらどうだい?」
「やれやれ、これはお手上げだ。開き直ってやがる」
「君らが井戸を見下ろしているとき、僕は大空を見上げている。で、君らは、大海を知っているのかい?」

井戸を見下ろすカエルたちは、呆れて去っていった。彼らは、街の暮らしに不満を抱いていた。朝、昼と食事のできる環境だったが、「もっとエサが欲しい」と際限がなかった。

……強靭な堤防ができて一安心したケールのリーダーは、古井戸に住むアマガエルに会いに来た。

「おいしいコオロギを持ってきた。一緒に食べよう」
「リーダー、街を守ってくれて感謝します」
「全員を守ることはできなかったから、手放しでは喜べないよ。正体不明の、時の旅人に助けられたんだ」

リーダーのヒキガエルは井戸の縁に座った。井戸底のアマガエルは壁を容易に登り、リーダーに並んだ。

「時空を行き来できる人なのかな。旅の景色はどうなのかな。ああ、この大きな空も、悠久の時と繋がっていたら、面白いのになあ」

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【 カエルの街ケール 】
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【 井の中の蛙 大空を知る 】
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【 野に遺賢無し 】
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