グコーじいさん
「にゃあ」と鳴く虎が住む断崖絶壁の山を二つ越えたところに村があった。
グコーじいさんもそこに住んでいた。
物心ついた頃から、山を大きく迂回しなければならない道のりに苦しんでいた。
「生まれてからこの方、さんざん遠回りしてきた。ああ、腹が立つぞい」
グコーには、一人娘がいた。
若い頃に村を離れ、街に下りて嫁いだ。
孫にも恵まれた。
新年、娘が久しぶりに村を訪れた。
玄関をまたいで開口一番「ああしんど」と言った。
山を迂回して来た者の挨拶だ。
年始の挨拶よりも重んじられる。
「本当にあの山、邪魔ね」
中年になった娘が、ふうふうと息を切らせていた。
「このくらい歩かんと体力もつかんよ」
「都会の人間からすると、ありえない道のりですよ。肺の弱かったお母さん、あの山のせいで……うう。子どもたちも億劫がって来やしない」
「街にはないモノが、ここにはあるんじゃがのう」
「ここにはないモノが、街にはたくさんありますよ。お父さんだってわかっているくせに。腹立つわ」
*
翌朝、娘が起きると、グコーはすでに家を出ていた。
机の上には書き置き一枚。
〜 山を貫通させる 〜
「お父さん、きっとボケたんだわ」
晴れてはいても、新年のカラっとした寒さはピリリと身に沁みる。
小太りの娘は厚着をして、山の方へと急いだ。
途中、ばったり会う知人たちに挨拶をしながら、ようやく山の入口にたどり着いた。
グコーは真冬にも関わらず、半そで姿でツルハシをふるっていた。
「お父さん。いくつだと思ってるの。死んじゃうわ」
「まだ91じゃ。100までは動ける。やることない方が死んでしまうわい。長年我慢してきたが、もう我慢ならんのじゃ!」
それから毎日、グコーは横穴を掘り続けた。
周囲には老いの身でできるわけがないと嘲笑する者もいた。
「おい、ジジイの生きている間には絶対に無理だぞ」
「だから何じゃ。子や孫、ひ孫の代までかかれば、いつかは貫通できる。1ミリでも掘れれば、長年苦労してきた気持ちも晴れるわい。それでワシは面白い」
*
それから毎日、グコーは横穴を掘り続けた。
その狂気じみた熱意に感化され、一緒に横穴を掘る弟子も現れた。
ある日、巨大な岩盤にぶち当たった。
それでもグコーはツルハシをふるったが、一向に前に進めなかった。
一人二人と次々に諦めて帰っていった。
報酬もないし仕方もない。
そして最後の弟子が、グコーに尋ねた。
「先生はなぜ、掘れない穴を掘ろうとするのですか」
グコーはツルハシを置き、弟子を手招きした。
そして足元に落ちていた1ミリの粒を見せた。
「穴は掘れている。今の一振りで削れたカケラじゃ」
最後の弟子はあぜんとし、穴を出て行った。
*
それから毎日、グコーは横穴を掘り続けた。
誰もいなければ、一人でやればいい。
ある日、横穴の入口に、30cm程度の小人がいた。
「どうも。私は時の旅人。自分の代では無理そうなのに、毎日トンネルを掘っているのは、あなたですね」
グコーは頷き、ツルハシを手にした。
すると時の旅人が、
「この機械をお使いなさい。一台で何万人分もの力が使えます。日が暮れると消えますから、今のうちに」
言われるままにグコーが機械を動かしていると、最後の弟子が仲間を大勢引き連れて戻ってきた。
すると時の旅人は、多種多様の機械を小さな袋から取り出した。
そして日が暮れるまでに山は貫通した。
街への横穴がついに繋がったのである。
「これで便利になるぞい。それにしても、山を掘るのは面白い。次は反対側の横穴でも掘りに行くか」
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