豚と人と野菜の命
ある村に、グコーじいさんという老人がいた。90歳過ぎても山に横穴を空け、周囲を驚かせた超人である。あるとき、グコーの飼っていた豚が数頭逃げ出した。
隣近所から慰められると、じいさんは、
「そのうち都会からベーコンが来る」
と答えた。そんな馬鹿な、と隣近所からは笑われたが、なんとグコーの元に本当にベーコンが到着した。しかも交通の便が良くなったこともあって意外と早くに、だ。
「料理する手間も省けたわい」
とグコーは笑ったが、憤慨する菜食主義の村民もいた。
「豚がかわいそうだ」
じいさんが手を合わせて答えた。
「生きるために、有り難く食べるんじゃ」
「命は大切だから、私は野菜しか食べない」
「野菜も生きているぞい」
「野菜に感情はない。常識だ」
「そんなこと、本当にわかるのか?」
*
じいさんには、中年の一人娘がいた。都会から時折、父の顔を見に来ている。横穴が通じてからは、小遣い目当ての二人の孫もしばしばついて来る。
「ちょっとお父さん、そのベーコン、美味しそうねえ。お土産にいただこうかしら」
「トロくさいこと言うな。悪いがお前らの分はないぞ」
「ありがとう。じゃあもらっていくわね」
と有無を言わせず娘はすべて持って行ってしまった。もちろん、孫には小遣いも渡している。様子を見ていた隣近所からは哀れみの気持ちを伝えられたが、今度は
「どこかで縁も繋がるだろう」
と笑った。その後ベーコンを持ち帰った小太りの娘は、家族に調理して振る舞った。すると、ちょうど友人が家を訪ねてきた。これ幸いと余った分をあげた。
「あら、美味しそうなベーコンね」
「そう、お父さんからもらったの。山に横穴を空けてからご機嫌なのよ」
その友人は、影響力のある人物だった。良いものも悪いものもあっという間に周囲に伝わった。グコーじいさんの豚の話が興味深かったのも相まって、件のベーコンはすぐに評判となり、品薄になった。
*
都会にあるベーコン屋は、グコーの育てた豚をたいそう気に入っていた。都会と村を結んだ便利な横穴を通って、店主が村へ交渉に来た。聞けばグコーと一緒に豚を育てたいのだという。
「愛情込めて育てないと美味しい豚には育たん。心を麻痺させるのではなく、最期を受け止めなければならん。割り切ってはいても、辛い部分もあるぞい」
店主は覚悟を決めた面持ちで頷いた。隣近所からは、よそ者にこれまでのやり方を教えるのは損なのではないかという進言もあった。しかしグコーは気にしなかった。
「今のやり方も、元々は他のやり方だ。あのベーコン屋なら、きっと今以上に進歩させるだろう。貧相な気持ちで情報を遮断すれば、物事の発展はそこで止まる」
その後、ベーコン屋の店主は足繁く村に通い、グコーと共に豚を育てた。
「美味しい豚にするためには、適度な運動も必要じゃ」
「ただ太らせればいいってわけでもないんですね」
「豚は意外と速く走るからのう。良い塩梅が肝心じゃ」
グコーじいさんは続けた。
「豚の命も人の命も、そして野菜の命も風に舞い上がる塵のようなものだ。あちこち吹き飛ばされて、いつ終わりを迎えるかわからない。そもそも、命の程度に差などないんじゃ」
「人がその価値を勝手に売り買いしているだけですね」
「そして多くの命を奪って、ワシは生きておる。だから、死ぬまで生き切らなければならない。でないと、これまでワシの命を支えてくれた多くの命たちに失礼ではないか。ワシは150歳まで生きるぞい!」
すると、
「お父さん、ボケたこと言わないで」
と、後ろで聞いていた一人娘が嘆いた。
しかし孫たちは喜んでいた。
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