posted : 2021/12/01

【具鷲小説とは】
作者の構想力と読者の想像力によって、顔、声、性格などを意のおもむくままに描写し、読者それぞれ独自の想像世界を構築させることを目的とする散文学。読者は、文字だけで世界を構築できることに希望を抱き、自分の想像力があれば宇宙の果てまで行けることに驚嘆する、かもしれない。
〔具鷲辞典零版〕

〜 三人の悪友 〜


「ところで都会では、ひどい風邪が流行っているんだって?」
「お前さん、こんな山奥で、よくそんな情報を知っているな」
「ああ、トラから聞いた。最近、動物と話せるようになってね」
 
ある三人が断崖絶壁の山奥の古寺にいた。一人は修行中の坊主。残りの二人は坊主と長年の悪友で、都会から遠路、山奥まで来た。一升瓶を持って。

「まあ飲めよ」

ちょんまげ姿の都会人の一人が、坊主に酒を注いだ。

「虎と話せるなんて、ついに超能力を使えるようになったってか」

もう一人の小太りの方が、大げさに驚いておどけた。乾杯、と三人は再会を祝った。修行中の坊主にとって、久しぶりの酒は、五臓六腑に染み渡った。

「うますぎる。これが身体に悪いだなんて、とても思えないな」
「過ぎたるは猶及ばざるが如し。ほどほどならいいんだよ」
「そうそう、今はひどい風邪のせいで、都会では酒すら気軽に飲めなくなっちまった」

だから山奥まで来たんだ、と三人はまた乾杯した、

「ところで坊主、修行中の身でこんなに堂々と飲んでいいのか」
「大丈夫だ。この山には俺しかいない。」
「ふふふ、不良坊主め」
「酒持って辺鄙(へんぴ)な所へ来たのはお前たちだろうが」

「わははは」と大笑いして、また乾杯した。

楽しく飲んで酒も空になった。

「もう酒も水も変わらないな」と三人は、今度は水を飲みながら、東の空が白むまで話し込んだ。

「よし、そろそろ帰ろう。明るくなってきた」
「そうだね、よっこらしょ」
「橋の手前まで、送っていくよ」

酒は抜けてきたとはいえ、眠気も相まって千鳥足の三人だった。かと思えば、途中で肩を組んで歌い出す三人でもあった。しかし、山には他に誰もいなかったので、朝早くても咎(とが)められることはなかった。

三人は、また話に夢中になってしまい橋の向こうまで辿りついた。

……そこで、のっそりと何かが横切った。小太りの都会人が、

「まずい、虎だ」と、つぶやいた。
「大丈夫だ。太った猫だ。見ろ」

すると「にゃーん」と、驚くほど大きな猫が、坊主に近づいて喉を慣らしていた。

「エサもないのに、よく懐(なつ)いたな」
「心で通じ合うと、仲良くなれる」

坊主は、猫の喉を撫でながら、

「おい、トラさん。この橋を渡っちゃいけないっていう約束だろ」

動物に触れるときに声の変わる感じで、坊主は優しく猫を諭した。すると、「にゃあ」と、トラが坊主に呼びかけた。坊主はハッとし、

「そうだった。しまった」と頭を抱えた。

「どうしたの?」
「橋の向こうはもう都会だから、絶対にこの橋は渡るまいと心に決めていたんだ。それなのに、うっかり渡ってしまった」

坊主は再び頭を抱えた。悪友の二人は、「もうこのまま都会へ戻ろう」と誘った。坊主は少し悩み、そして答えた。

「いや、やっぱり戻るよ。自分との約束は守りたいんだ」
「橋、渡っちゃったけどね」
「たまにはそういうこともある。軸をしっかり保てばいい。さあ、修行の邪魔だからもう来るなよ」

と、坊主が微笑むと、

「オーケー、また良い酒が入ったら持って行くわ」

と、ちょんまげが返した。

「クソッタレ」

と坊主が捨て台詞を吐くと、三人は顔を見合わせて、また笑った。それじゃ、と、三人は別れた。

二人は、都会へ。一人は、山奥へ。

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