posted : 2022/04/28

【具鷲小説とは】
作者の構想力と読者の想像力によって、顔、声、性格などを意のおもむくままに描写し、読者それぞれ独自の想像世界を構築させることを目的とする散文学。読者は、文字だけで世界を構築できることに希望を抱き、自分の想像力があれば宇宙の果てまで行けることに驚嘆する、かもしれない。
〔具鷲辞典零版〕

〜 オーキシ、友と会わず 〜


ある街で『ウージー』と呼ばれる菓子が人気だった。不思議な色で、不思議な味をしていた。先の方が不味く、根元の方が美味かった。量は絶妙だった。

あるとき、ウージーの美味しい部分だけを切り集めたと噂の『ウージーの根』が販売された。しかし売れ行きは、当初目論んだほどではなかった。

市場調査で、驚くべき結果が判明した。ウージーファンの一定数は、不味い方も含めて楽しんでいたらしいのだ。たとえば、こんな声も届いている。

「後からおいしい思いができるっていう信用があるじゃない? だからアタイ、ウージーのすべてが好きなの。我慢して、先から順に食べていくのよ!」

ウージーを作ったのは、タイキという名の小柄な青年だ。地元に店を構え、ほぼ毎日ウージーを作った。ちなみに、いいとこ取りの『ウージーの根』は、タイキ本人ではなく別の会社が考えたものだ。

……タイキには、幼馴染の友人がいた。名はオーキシといって、少し前まで船乗りをしていた。今は海を隔てて住んでいる。二人にとって物理的な距離と精神的な距離は関係なく、SNSなどの互いの近況へ、しばしば生存確認し合うので充分だった。

あまり雪の降らない街に何度も雪が降った年だった。その最後の大雪の晩。オーキシは、友人のタイキに会いに行こうと、ふと思い立った。そして、高速の移動手段ではなく、特に考えもなく舟で行くことにした。

久しぶりの航海が悪天候だったこともあり、オーキシは船酔いに見舞われた。甲板で休んでいると、30cm程度の船員が近づいてきた。

「これをお飲みなさい。すぐに直りますよ」
「生きるか死ぬかのときは助けてもらいたいが、ひさびさの平衡感覚の鍛錬になりそうだから大丈v……」

と言いかけて、オーキシは吐いた。そして笑った。

「ずいぶん甘えた身体になったようだ。たまにはムチを打って厳しくしないとなあ。はは……おえ〜」

小さな船員は呆れた様子で、青白い顔のオーキシの背中をさすった。

……朝になった。舟は、オーキシの故郷へ着いた。港の役人が不思議そうな顔をしていた。

「今どき舟で来る物好きもいるんだね」
「最短移動が必ずしも最良の手段とは思わないんだ」
「今日舟で帰るなら、あと一便しかないからね」

地上に降り立ってからも、オーキシの足元はおぼつかなかった。そのすぐ横を、小さな船員たちが安定した足取りで追い越して行った。

オーキシは、港から街に向かってよろよろと歩いた。懐かしい道のりだった。しばらく進むと繁盛店があった。タイキの店だった。中でハツラツと切り盛りする友人を見て、オーキシは口角をあげた。そして、

「ふふん。まあいいっか」

と鼻を鳴らし、さっと踵を返した。

……オーキシは、行きの舟での夜食として、ウージーを持ち込んでいた。しかし、船酔いで食べられなかったので、帰りの舟で食べた。今度は平気な様子のオーキシに、船員が声をかけた。

「そのお菓子、根元はおいしいですよね」
「まあね。でも、先の不味さがあってこそさ。冒頭のアタイも言っていただろ?」
「よくわかりません。いい所だけでいいのでは?」
「おいしいだけだと、すぐに飽きちゃうよ」
「ところで、お友だちには会えたんですか?」
「顔を見ただけだ。それで充分。特に約束もせず来たのだから、会わずに帰るのもいい。思いつきの旅は、道中が面白いんだ。君らとも仲良くなれたしな」

……オーキシは、自分の家に手ぶらで戻った。そして通販で、またウージーを注文した。

「何をやっているんだ、おれは」

と笑った。そして寒い冬は明けた。

春である。

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